68話
ヴォルフガング・ディフリングは、小さい頃から、その恵まれた肉体を生かすスポーツなどの職種ではなく、あえて違う道を選びたいと考えていた。シュタイナー学校という、クラス替えも教科書もテストも成績表もない学校で一二年間学び、人はひとりひとり違うという自己を形成。
グランドシューレに通っている同世代の子達は、一〇歳になる頃には将来の職業をある程度決めなくてはいけない。ドイツとはそういう国だ。もし自分ならどうする、と当時考えたのは、教職者になること。教師への不満を、自ら改革していきたい。
まず、精神面のケアをしていきたいと考えた。この国の教師は、仕事という割り切りが強い。時間通りにマニュアル通りに。それはそれでいい面もある。重圧に押しつぶされにくい。長く続けられる。だが、子供は、マニュアル通りにいかない。時折、他愛のないことの相談は必要だ。ひとりひとり違う。同じように対応なんてできるわけない。
そして時間を守る。当たり前のことであるし、これは教師に限った話ではないが。その他、例えば教師が休んだり、もしくは辞めたりすると、代わりの教師が授業を受け持つが、基本的に引き継ぎの作業はない。なので、すでにやったところ、一切基礎すらやっていないようなところ関係なしに授業は進む。
もはやこれは改革というより、国の革命と言ったほうがいいかもしれない。もちろん、自分がそんな大きなことを成し遂げられるかというと、難しいだろう。だから自分は土壌となり、種を蒔き、何世代も先に、より良い環境が作れれば。国がやってくれないなら、自分でやるしかない。
「ヴォルフガング先生みたいな、カッコいい先生になりたい!」
そう言ってくれる子供達が現れた。でも子供だ。一年後にはサッカー選手を目指しているかもしれない。それでも、少しずつ、自分の『イズム』みたいなものを継承していってくれる、そんな子達が増えていけば。もし自分の生きているうちにダメだったとしても、自分より優れた誰かが成し遂げてくれる。
プライベートでも、子宝に恵まれ、二児の父親。休みの日は、まだ小さい子供達と、妻との時間を大事にする。外にも出かけるし、家でもDIYで様々なものを手作りする。仕事は残って頑張ろうが、定時に帰ろうが、給料は一緒。それなら本来は定時で帰るべきだ。
しかし、自分の信念を理解してくれて、言ってしまえば赤の他人である生徒達との時間を作る自分。それを許してくれる妻には感謝しかない。子供達にも、誇れる背中を見せなければ。そして生徒達に模範になれるように。親御さん達からも、信頼を得て、安心してお子さんを預けてもらえるように。だからこそ、だから……だから……頼む……!
「死にたく、ない……死に、たくない……!」
チェス盤を挟んで対面に座っていた人物は、ヴォルフガングの横に移動し、顔を覗き込みながら、機械のように感情なく言い放つ。深く被っているフードのせいで、まるで深淵からの呼び声のように。
「チェスでね、人は死ぬんだよ。簡単に」
堕ちていく。闇へ。底へ。深く。
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