67話
シシーも、この先に使用する毒の提供、および改良は願うところ。利害の一致。今回は、騙してしまうようで乗り気ではなかったが。
「毒にも薬にもなる、とはよく言ったものだね。彼女にとってはどっちかな」
幸せな記憶と、辛い記憶を両方失ったウルスラを思い、複雑な表情をシシーは見せる。人間はどちらに価値を見出すのか。
その意図を読み取り、アリカはため息をつく。
「わからんが、せっかく憧れのシシー・リーフェンシュタールと邂逅できたこと含め、『強い感情』を伴った記憶は全て消えている。もしかしたら、一時的だと思うが名前も」
「ギャンブル依存になったこと、そして、それに至る俺への妄執的な愛も。それでいい」
生きていく上で必要ない。関わらないほうがいい生き物は存在する。毒蜂はそれだ。この先、平凡でも幸せな家庭を持ったり、愛する人ができたり。そんな世界の住人とは、できるだけ関わらない。やはり誰かの人生に土足で踏み込むのは、シシーは気持ちのいいものではない。
「ハッ」と鼻で笑うアリカだが、優しさという弱さを持ってしまったシシーに少し落胆する。前のこの人は、もっと尖っていた。触れたら切れる、そんな危なっかしさが好きだったのに。
「というか、他人に触れることは嫌いじゃなかったか?」
気に入らない、とシシーを煽る。話が違うね、とも。
目線を合わせずにシシーは肯定した。
「嫌いだよ。でも、自分から触れるのはまだ許容範囲内だ。触れられるのは、誰であろうと嫌だ」
淡々とシシーは言い放つ。だが、それが自分への罰。等価だとは思っていない。背負う十字架は、できるだけ自分に重くしたい。
「まぁ、でも今回のことで、あんたのことを狙ってる生徒は多いってのは理解した? みんな夢見てるんだよ」
秘密の花園の王子様に。蜜を吸われることに満悦を感じるヤツらが。たくさん。アリカは「愉快だね」と笑う。
「俺に言われても——」
知らないよ。
そのシシーの言葉は、アリカの舌によって喉の奥にねじ込まれた。
少し背伸びをして、みなの憧れる唇を奪う愉悦感。少しの背徳感。端から滴る、混じり合った涎を手の甲で拭い、アリカは自らの舌を、右手の人差し指と中指で挟む。
「こういうこと、したがってるんだよ。やろうと思えば簡単なのに。アリカみたいに、誰もやろうとしない」
「……」
特に批判することもなく、抵抗することもなく、表情を変えずにシシーは受け入れる。触れられるのは嫌いだが、キスくらいじゃもうなにも思わない。すでに色々とアリカとは一線を超えている。何度もお互いに乱れた姿を見せ合っている。
緊迫した空気になるが、「ふふっ」とアリカが笑う。その顔は年相応の幼さを見せるが、ゆえに毒とのアンバランスでより、奇怪さを増した。
「ま、いいや。今回は助かったよ。感謝する。あれだけ感情のこもった人間にも通じる。それがわかっただけでも収穫だ。またいつでも声かけてよ。学校でも」
そう言って、アリカは白衣をなびかせて街の中に消えていった。行き先は同じなのだから、消えるという表現はおかしいかもしれないが、まるで存在自体が希薄とでもいうように。
ふと、シシーの携帯が鳴る。電話ではない。メッセージ。妖怪、もといマスターから。
鋭く、突き刺すような目でシシーは確認する。
『決まったよ』
たったひと言。そしてその後の詳細な内容を確認して——
シシーはニヤリと笑った。
<第一仕合 ギフトビーネ VS ティック・タック・トゥ>
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