64話
そこからは少し沈黙。でも全然辛くない。言いたかったことは全部、言えたと思う。スッキリした。あとはもう、お任せする。受け入れてくれなくても、それでいい。言えずに後悔だと、きっとこの先ずっと後悔する。言えたら、どこかで忘れられる。
「俺のために、ねぇ」
今、『あの方』はどんな気持ちなんだろう。やっぱり、嫌、かな。会話したこともない人に、こんなこと押し付けられて。自分勝手だったかな、言えずに後悔とか。言われた側のこと考えてなかった。
でも、顔は見えないけど、『あの方』が笑った。気がした。
「どうしてほしい?」
「え」
急に『あの方』から提案されて、私は戸惑ってしまった。
「俺のために、ってことは、なにか代わりに俺に要求したいことないの? お金、じゃなくてもなんでも」
そんなものいっぱいある。なにか、繋がった証となるようなものが欲しい。でも、そんな要求できない。迷惑はかけられない。
「そんな、いきなり言われても……」
嘘。ずっと考えていて、毎日増えていた。何個だって言える。何個だって……なん……なん、だっけ。なにかあった気がする。
「俺のこと、好きなの?」
『あの方』は直接的に聞いてきた。まわりくどい私とは違う。余計なものは省いて、とてもわかりやすく。私が欲するもの、全て凝縮すると、好きだから全部欲しい、だったはず。
「……」
無言の肯定。言っていいのか迷って、言えなかったけどわかってくれた。言うより伝わった、のかな。
「なるほど、そういうことか」
「……変、じゃないですか?」
私の問いかけに、『あの方』は、きょとんとした顔で私を見た。「変なことなの?」って。初めて目が合った。
「なんで? 何十億人も人間がいるんだから、そういう人だっているでしょう。マイノリティではあるとは思うけど、誰かに迷惑かけてるわけじゃないし……今回はかかったみたいだけど」
ふふっ、と笑う、——様の形のいい唇に見惚れる。
私は意を決して言うことにした。一世一代の大勝負。負けて元々。砕けるだけ。誰か欠片は拾ってね。
「……可能なら、抱きしめて、優しい言葉をかけてくれたら……それだけで……」
言った。ずっと言う練習だけはしていた。口が覚えていた。
「それだけでいいの? こうかい?」
肩ではなく、正面から抱き寄せてくれた。私も抱きしめ返す。あぁ……ずっと……こうしてみたかった。されてみたかった。耳元で吐息がかかる。髪が揺れ、閉じた目から涙が溢れる。これを夢見ていた。
「ウルスラさん」
耳に軽くキスをしてくれた。軽く噛んでくれた。
「はい」
そして——
「ご苦労様」
「え——」
その瞬間、舌になにか絡みついて、そして、そして——
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