60話
「どうしたの? 楽しいからやる。なにも間違ってないんじゃないかな?」
なんでそんなことを、あなたの美しい唇から。聞きたくない。こんなものに手を染めないで。花や蝶として、こんな寒々しい電球ではなく、スポットライトを浴びて生きて。
「やるの? いいけど、あんまり長くはできない。一応、カミさんには賭博は禁止されてるから」
帰り支度をしていたおじさんが、いきなり現れた『あの方』に問いかける。
やめて、あなたと一緒にしないで。そんなことしない、しないから。
「あぁ、ほんの一ゲームだけ。すぐ終わる」
そう承諾して、『あの方』は席につく。四人がけのテーブル。私の隣。足を組んで、とてもサマになっている。嫌だけど、なにをしても輝いてしまう。ヒジをテーブルについて頬杖をつく姿も。
その余裕を見て、おじさんは少し日和ったのか、席を立った。
「怖い怖い。やめとこうか。ちょっとずつ楽しむのがおじさんのルールだからさ。悪いけど他あたって——」
「あんたが勝ったら一万ユーロ、追加で払う。どう? 楽しくない?」
と、五〇〇ユーロを二〇枚、テーブルに乗せた。まるで、いつもやっているかのように、あっさりと。
「……え?」
「……本物?」
私とおじさんが同時に声を出す。なんでこんなに躊躇がないの? というか、追加で? 負けたらプラスして払うということ? なんで? なんでこんなことになってるの? どういうこと?
(嫌……なんで、ここに……? それにこのお金……なんなの……?)
ワケがわからない。なにもかも。
「数えてもいい。本物だったら受けてくれるか?」
不敵な笑みを浮かべて、『あの方』は誘う。いつもの天使のような雰囲気ではなく、今は小悪魔的。淫靡でサディスティック。それでもやはり、美しいと思ってしまう。下腹部に力が入る。頬が紅潮するのが自分でもわかる。
「……ちょっと待ってね」
札を広げて、おじさんは本物か確認する。偽札、ということはないだろうが、一応念のためだろう。
「うん、本物だ。いいんだな?」
全部確認し終わり、イスに座り直す。心なしか、さっきまで帰ろうとした人とは思えないくらい、乗り気で応じている。
「あぁ。問題ない」
待ちきれない、そんな様子で『あの方』はテーブルを人差し指でトントンと叩く。待ちきれない? そんなはずは……ない……絶対に……!
今のこの状況は飲み込めないが、少しずつ落ち着いてきた。信じたくはないが、『あの方』が今からここで、おじさんと勝負する。
「ルールはどうする? ポーカーならなんでもいい。そっちに任せる」
もう勝った気でいるのか、おじさんが『あの方』にルールを譲ってきた。ポーカーには何種類もある。私はスタッドポーカーがまだ一番わかるルールだったから、それでやっていた。そして負けた。
「いいの? じゃあさ、あれがいいね」
舌なめずりするように、『あの方』は危険なルールを口にした。
「『ノーリミット・テキサスホールデム』。こっちは負けたら、負けた額と、追加で一万払う。もしまだやりたくなったら、同じルールで何ラウンドでも。やめたくなったらいつでも。ややこしい計算はなしだ。悪くないだろ?」
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