58話
なんで元々の目的から外れてしまったんだろう。ショックだったとはいえ、身体を売るんなんてありえないのに。なんで『よかった』なんて思ったんだろう。私、どうしちゃったの……?
自宅に帰ってからも、布団にくるまり、ただ時間が過ぎるのを待つ。電気は点けない。このまま一日じゃなくて、一年、一〇年過ぎてくれればいいのに。一五〇〇ユーロ以上のものを失った気がする。
「うっ……うっ……!」
悪いのは自分。なにもかも自分。全て自分。全て失った。誰にも話せない。誰も助けてくれない。
「……」
誰か……助けて……タスケテ……!
「なんで……どうして……!」
握った拳。爪が掌に食い込む。でも、だからなんだろう。お金も、時間もなにも返ってこない。誰に言えばいい。誰が助けてくれる? 誰でもいい、誰でもいい……!
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて——
「ウルスラ、起きてる?」
母が部屋に入ってきた。電気はそのまま。
……なんだろう。いっそ、母には話したほうがいいのだろうか。このままだと、家のお金にまで手をつけてしまうかもしれない。なにか手立てがあるのかもしれない。
「……なに……?」
答えが出ず、とりあえずは、まるで今起きたかのように返事をする。布団にくるまったまま。自分の顔を見せることができない。心配をかけたくない。お願い、話を聞いて。お願い、なにも聞かないで。
「あんた、今日誕生日でしょ。なにも言ってこないけど、忘れてない?」
……そうだ。今日は私の誕生日。一六歳になる。まさかこんな気分で迎えることになるなんて。ごめんなさい……ごめん、なさい……!
「ほら、これ」
そう言った母が、ベッドになにか置いた。なんだろう、誕生日プレゼント? 私の趣味とか、なにか知ってたっけ……? なんだろう……受け取り、たくない。受け取れない。と、心で思っても、受け取る。本当の私のことを知らない母には、今まで通りでいたい。
「……ありがと」
精一杯に元気を出したつもりだったが、大丈夫だろうか。バレてない? もぞもぞと布団から手だけ出し、さっと布団の中へ。ラッピングされている。それもそうか。暗くて見えないが、リボンをほどき、中のものを取り出す。柔らかく、温かい。肌触りもいい。
「……これ」
「なんか最近、ファッションとか凝りだしたみたいだから。お母さん、よくわからないけど、人気のモデルさんが愛用してるやつらしいから。だったら間違いないでしょ?」
マフラーだ。見えないが、たぶんどこかのブランドものか。ファッションとか全然興味のない母が、調べて買ってきてくれた、ということ。え、ホントに? 呆然としながら、無意識に首元に巻いてみる。布団を被りながらだと、少し暑い。
「あんたが使ってたやつ、どっかやっちゃったみたいだし。ちょうどよかった、のかねぇ?」
母が、おそらく首を傾げながら言う。気づいていたんだ。結局、今まで使っていたマフラーは見つからなかった。どこにいったんだろう。どこかに置いてきてしまった、ということはないだろうけど。母は、私のことを見ていてくれた。
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