57話
「なんでこんな弱いのに賭けようと思ったの?」
「お嬢ちゃんみたいなのって、なんて言われてるか知ってる? 『カモ』だよ。小遣い稼ぎの」
「今日の負けぶん取り返せた。ありがとう」
またパンコウ区のビアホールへ。気づいたら負けていた。今日は五〇〇ユーロ。
……あれ? なんで? なんで? なんで負けてるの? もうやらないって。違う、やってない。やってないから、お願い、お金を……返して……!
代わる代わる、色んな人に声をかけていた。弱い人、弱い人はいないか。ある程度負けたら人を替え、取り返せそうな人を探す。負ける。を繰り返す。一回のベット額は低いから、あまり負けている感じがしなかった。
「……嫌ッ、嫌ァ……!」
そして路地裏でうずくまる。目を瞑り、深呼吸。するが、震えてしまって、吸っているのか吐いているのかわからない。
(なんで……なんで……!)
さらに翌日。
一睡もできず、自宅のベッドでくるまりながら爪を噛む。
(もう賭け事はやらない。私に才能は無い。地道に、コツコツと、コツコツコツコツコツコツコツコツ——)
「また今日も稼がせてくれてありがとう」
「ビール飲む? 元はキミのお金だけど」
「娘と同世代だからさ、お金巻き上げるの、心が苦しいんだけどね」
夕方になると、また同じビアホールでお金を巻き上げられていた。貯金全て。
「……」
もう、ここまでくると、案外冷静になるな、と知った。演奏しているバンドの曲、聴いたことあるな、とか。ビールって美味しいのかな、とか。そんなこと考える余裕が生まれてくる。少し、笑顔も見せることができた。
さて、現実問題として、お金がなくなってしまった。化粧品とかどうしよう。髪とか。服とか。生活するのにもちろんお金は必要だ。自宅に引き篭もる? 若くて一度きりの人生で? そんなのは嫌だ。
ハンブルクのレーパーバーン。罪深き一マイル。あの有名な風俗街で働けば、すぐに取り返せるのかな。年齢は偽ればいい。そういうこと、したことないんだけど、やっぱり痛いのかな。高く売れたりする? いい人にあたれば、一〇人か一五人くらい? もっと少なくてすむ? そのへんはわからないや。
携帯で検索してみたら、常に募集しているらしい。よかった、少し大人びた服装と、化粧すれば大丈夫。何度も何度も行くことはない、数回だけ。とりあえず失ったぶんだけ戻れば。それでいい。
案外、世界は簡単なものなのかもしれない。もし、少し余ったら、新しい化粧品を買って。髪も切って。リスタートしよう。そしたらまた、あの方と……あの、方と……。
ハンブルク行きの電車のホーム。ふと、あの方の姿を思い出し、頭が冴える。
あれ? なにやってるの、自分。左手には携帯。先ほどまで読んでいた、風俗街での仕事内容の確認。それを読み返し、ハッとなって携帯を落とす。
「嫌ッ! 嫌ッ! い、やぁ……!」
自分でも驚くくらい声が出た。まわりの人々も何事かと、遠巻きに見つめる。私は隅に移動してうずくまり、ひたすら耐えるように、泣きながら震える。せめて女性が相手ならまだいい、でもレーパーバーンに女性客は入ることができない。つまり男の人と……!
「嫌ッ……嫌……嫌ァ……!」
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