52話
「そんな……」
ドイツでは雇用について、ミニジョブ・ミディジョブ・それ以上の三つの形態がある。ミニジョブは月の給与が五二〇ユーロまでで、それを超えてしまうと、所得税と社会保障費でむしろ手取りが減ってしまう。その上のミディジョブが一三〇〇ユーロ。こちらも超えると手取りが減る。店長がブレーキをかけ、諭す。
ミディジョブは社会保険料を支払う義務が出てくるため、扶養家族として健康保険に入っていても、自分で健康保険を支払わなければならなくなる。そのため、ちょっとした副業であれば、ミニジョブとして働くことになる。つまり、ウルスラが月に使えるお金は、頑張っても五二〇ユーロが限界。
(普通に暮らしていくなら全然大丈夫だけど……でも……)
それで足りるのだろうか。あの方の横に並べるのだろうか。
(並ぶ? いやいや、たった一回会話しただけで、そんな大それたこと)
心の中で葛藤する。崇め尊敬する自分と、少しでも近づきたい自分。うん、近づきたい。でも、手に届かない位置にいてほしい。矛盾しているが、どちらも本当の自分。
(……ちょっとだけ、ほんの少しだけだから)
別にオシャレに興味の出始める年頃、いつもよりいい化粧品、メイク道具に手を出したって変じゃない。そこはシシー様は関係ない。自分への投資。可愛くなりたい、綺麗になりたい。他人からよく見られたい。それだけ。
二〇時までしっかりと働き、帰りに美容室と薬局に寄ることを決めた。時給一二ユーロ。今日は合計四八ユーロ。
「うーん……やっぱりちょっと、こっちでいいか……」
美容室で軽く梳き、薬局でコスメを選びながら、頭を悩ませる。オーガニックコスメが比較的安く手に入るドイツにおいても、もちろん高級品は存在する。月五二〇ユーロでは、到底手が出ないものも。だが、見ているだけでも楽しい。いつかお金がたくさん入るようになったら、薬局じゃなくてコスメショップに行きたい。贅沢に悩みたい。
「うん、発色もいいし、これでいいよね」
自分にしては、いつもより高いシェーディングとルーセントパウダー。この時間の薬局は二・五〇ユーロの手数料がかかるが、仕方ない。今が大事なのだ。帰り道に取り出して見たりしながら、家路を急ぐ。明日、ちゃんと早起きして使ってみよう。そして、夢でまた会えますように。そう思い眠りにつく。
翌日。
「奇跡」
意志の強さとは怖いもの。アラームが鳴る五分も前に目が覚めた。しかもスッキリ。疲れもない。まずひとつ目のハッピー。三個ハッピーが貯まったら、もし見かけたらシシー様に声をかけさせていただこう。優雅にドリップコーヒーを淹れたが、水分量が適量。足りないわけでも、余ったわけでもない。二つ目のハッピー。まさか。
「いや、それは無理だよね」
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