42話
最初から違和感はあった。散々煽り散らかすような態度の割には、守りが堅い。こういう煽る輩は今まで少なからずいた。そいつらは、攻めに偏った自己流で自軍のキングを狙ってくる。そんなヤツらはカモでしかない。一直線に来るなら、横から突いて、崩し、穴を開け、そこから侵入する。それで事足りる。
しかし、この女は守りに重きを置いて、隙あらば攻めてくる、冷静な判断力を持ち合わせている。認めるしかないが、強敵だ。さらに、対局中に進化している。ここで止めなければ、自分が危ない。
「貴様のような女がいるか。まるで死地に向かうことを楽しんでいるような、お前が負けたところでなにもないんだ。なぜ死に急ぐ」
目を見開いて、シシーは呆然とする。そんなこと考えてたの? と。
「……言いたいことはわかるけどさぁ、あんたチェスやってるのに余計なこと考えすぎじゃない? 雑念挟んで勝てるほど、オレは弱そうに見えた?」
チェス盤とクロックと相手がいれば、他のことは全て忘れてチェスだけ考えろ。そんなんだからあんたはーー。
両盤面とも、一度デトレフスは引いて考えてみる。両方とも自分の手番だ。ここから先は、勝ち以外も考えなくてはならない。
(やはり堅いな……守備は相当なものだ。ことごとく攻めを潰されて、手数だけ消費している。このままだとーー)
その心を読んだのか、同じことを考えていたのかシシーが割り込んでくる。
「ドローになるね。なお、『二本先取』だから。その場合はまたイチからやり直しだ」
もう一度楽しもう。そんな声がデトレフスには聞こえるようだった。なんだかんだで、体力は消耗している。何度も何度も深く考え込むのは、避けたいところ。だが、それは相手も同じ。それに、自分は大人の男、相手は女。体力勝負なら、こちらに分がある。
「くだらん。多面指しくらい何度も経験している。先に集中力を切らすのはお前だ」
四〇手を過ぎたあたりから、さすがに攻め手がほぼない。こうなってしまうと、意味もなく深読みするよりはドローを提案して次に繋げた方が賢明だ。(A)盤はこれ以上どうしようもない。
「こっちはドローだ。いいな?」
「こっちもだ。さぁ、やり直しだ」
(B)盤も、シシーからドローが提案され、お互いに受け入れる。脳が相当にエネルギーを消費しているが、デトレフスは酒を掻き込むことで無理やり体を動かす。それに、ここまで自分とやり合える女を知らない。これも認めるしかない。強い、と。
「……一体、お前がどういう生物なのか。気になるな。それを見せてみろ」
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