40話
その隙に(B)をシシーは深く見ていくことにする。二〇手を超えているが、お互いに攻め手を欠いて小休止状態。に見せかけて、相手d5のナイトがb4に移動したことで、戦況が動く。
(次にナイトがd3に動いてきたら、こっちのc3ビショップとe1キングがフォークになるか……いい手だ)
二面で考えながら、的確に急所を狙ってくる。感心するほど無駄がない。
(ビショップd2……相手ナイトがa2でポーンテイク……キングd1……)
「なんで二面指しにした?」
シシーが盤面を思考していると、男が声をかけてくる。
盤外戦術か、と思ったが、向こうも(A)を深く読み込んでいる模様。お互いに五分の状況だ。
「あ? なんで?」
シシーは返しながらも、
(トラップを仕掛けるか……乗ってくればナイトは無力化できるな……)
と、(B)の次の一手に罠を仕掛ける準備。が、乗らずにナイトは引く。読まれた。
「なにか理由があるから二面指しにしたんだろ。それともあれか、一個は負けてもいいっていう精神的なあれか」
(A)盤では、男はルークd8と、一気に敵陣深く潜りつつ、フォークから逃げる。
ならば、とe3のナイトでc4の相手ビショップをシシーはテイクしようとするが、そこで止まる。テイクしたら……負ける。
「さぁね。言ったろ、思いついたって。まぁ、あんたが強いなら二倍楽しんだほうが、オレの養分としては有益だからな」
もしテイクしていたら、相手ルークがf8ルークをテイク、それをこちらのキングがテイクすると、いつの間にかh4に置かれていた相手クイーンがd8まで一気に潜り込み、自軍のポーンで逃げ道を塞がれたキングはチェックメイトとなる。マスターの言っていた『潜伏』していたクイーンによる一瞬の幕引き。
ギリギリで気づけたことにより、相手ビショップをテイクせず、d7にビショップを配置して、a8のルークの横道を空けて、相手のチェックメイトを防ぐ。凄まじい方法でチェックメイトを狙う相手、そして気づいて瞬時に対策を取る自分自身の読み。それを二面で行う。背筋がゾクゾクとするのを感じた。
(あぁ……すごくいい……!)
グッと堪えて、恍惚の表情を浮かべたシシーは、自分なりの答えを相手に返す。
「やっぱりな、真剣勝負の緊張感がいいんだ。負けたら終わりの必死さ。それがたまらなくいい。わかるだろ?」
口元が緩み、ヨダレが垂れそうになる。最高の相手だ。脳が痺れる。血が沸騰する。自分の殻が、一枚一枚剥がれていく。もう、普通のチェスには戻れない。
「俺にとってはただの金稼ぎだ。相手が弱いならそれに越したことはない」
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