39話
「俺が勝てば、その封筒はもらう。中身がなんなのかわからないならそれでいい。お前にはマイナスはないからな」
事実、三〇〇〇ユーロも封筒も、マスターの個人的なものだ。勝ったら二一〇〇ユーロ。負けてもシシーは失うものは物理的にない。しかし、彼女にとって、そうはならないらしい。
呆れたようにシシーは鼻で笑った。
「あるだろ。あんたに負けてるようじゃ、この先の真剣師達に勝ち続けるなんて夢の話だ。精神的にダメージが大きい」
「言ってろ」
お喋りはここまで。盤面に集中する。時間はたっぷりあるとはいえ、時間で不利を取ると、思いがけないミスに繋がる。お互いに何の取り決めもなければ、基本は膠着したら五〇手でドローとなる。今現在何手なのか、というのは棋譜をお互い書いたりするものだが、慣れていれば感覚でわかってくるため、書かないこともある。攻め手がなくなって、だいたいで終えることも。
手は進み、(A)盤の一二手目。シシーがa5とクイーンを置くと、続く一三手目、男はe5のポーンをd4のクイーンでテイクする。ここでシシーの手は止まる。
(さて、見た目はチンピラのくせに指し方は基本に忠実なルイロペス。圧でわかるが……強いな)
ここで長考。ラピッドのいい点を生かし、じっくり考えさせてもらう。
一三手目、d4のクイーンではなく、f4のポーンでテイクされていれば、その後一〇数手先にシシーのチェックメイトの道が見えていた。ルーク展開から、中央の相手ポーンをa5のクイーンでテイクし、中央を支配。からのビショップとクイーンでチェックメイト、だった。
しかし、相手の男もそれを見越してクイーンでテイク。おかげで、クイーンをクイーンで潰し合う展開になり、微有利だった展開は泥沼と化す。当然(B)の盤面も気にしながらのため、(A)を気にしすぎると、疎かになって一気に持っていかれる。
(色んな街で真剣師とやってきたけど……レベルが違う。読みの鋭さと、針の穴のような隙を見つけた瞬間に、そこからこじ開けようとする腕力、定跡が曖昧だと負けてたなこりゃ)
不本意ながら、何度も定跡を指し続けたマスターに、本当に不本意ながらもシシーは感謝をする。一回も勝たせてくれなかったけど。
そのまま(A)はドロー……になるかと思いきや、中盤、シシーがナイトe3で攻めを仕掛ける。ルークとビショップをフォークし、両取りの有利な状況へ。
「さて、最後の攻防になるかな?」
男が長考に入る。
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