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330話

 つくづく人間というものは都合のいいように捉える生き物だな、とその人物は一笑に付した。たとえば山羊。古来より『悪魔』の象徴として芸術作品に数多く出演させておきながら、ミルクは美容や健康にいいと重宝したり、放牧して雑草を食べる役割を任せている。


 マタイの福音書でも神に逆らう異端者として書かれており、正義の象徴である羊とは正反対の生き物。それなのに愛でて、アニマルセラピーとして癒しの存在になっていたりと、なんだか便利な動物だな、と。


「『次』のない勝負。だから『次』なんて考えないでね。『今』が濁るでしょ?」


 イスに座って足を組み、女性はテーブルの上を睨んでそう宣言した。自分達だけに当たるスポットライト。メリッサ、という名前らしいが本名ではない。そこにあるのは、十数手動いたチェスボード。この瞬間の思考の削り合い、騙し合い、凌ぎ合い。あぁ、たまらない。


「……」


 深く腰掛けたシシー・リーフェンシュタールは無言。枝分かれする盤面の未来を見据えた。どれもこれも嫌な予感しかしない。ひとつくらいは唸るような展開がいつもなら浮かぶのに、見えてくる映像は自分の王が白旗を上げているものばかり。


「最も美しい棋譜。何千何万とある中で、どれを選ぶ?」


 ふいに。そう、それが自然な流れであるかのように、目線は変えずにメリッサは問いかけた。今日の朝なに食べた? に近い、とてもとてもどうでもいい議題。


 今、すでにポーンやらナイトやらが戦いの狼煙を、我先にと上げる態勢を作っている。狡猾な罠と、大胆な戦略。駒を介して脳が。思考が。ぶつかる。


 一瞬だけ。シシーは相手を視野に入れた。確認。したところでなにもならないことはわかりつつ。


「……オペラ・ゲーム」


 一応は答える。彼女の頭の中には、それこそ歴史に残る有名な棋譜というものは、ひと通り記憶されている。マグヌス・カールセン。ボビー・フィッシャー。ガルリ・カスパロフ。そしてその中でも。洗練されたチェスの生みの親とも呼ばれる彼の棋譜。

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