329話
素直に感心しているように見えて、真反対な心情を持ち合わせていること。この人はそういう人だ、とグウェンドリンはわかっている。
「本当はあなたがやりたかったんじゃないです? ディリティリオーリ・メリッサ」
ギリシャの『毒蜂』。本名スティリアニ・グラストリス。だがもっぱら自分のことを『メリッサ』と呼ぶ。響きも可愛いし、植物で言うとレモンバームの別名。レモンバームの葉はミツバチを引き寄せる香りを放つ。全部可愛い。
「そりゃそうよ。奪われて悔しいしかないよ、ファンには。あのヤローってね。参加賞は『毎晩、性欲が果てるまで相手してもらう』って申請する。綺麗な顔してたからね、シシー・リーフェンシュタール」
自分にはわかる。あいつも私と似た趣味を持っていることを。そしておそらく、誰かに触れられることを嫌うタイプ。そういうヤツこそいじめたい。
「リスクが上がれば上がるほど快感を得る人ですから。きっと喜びますよ」
同じ穴のムジナというやつ。その辺は好きにやってくれとグウェンドリンは色々諦めた。盛り上げてくれればそれでいい。それよりも次の中国の毒蜂を探さなきゃ。そっちのほうが大事。
ニヒ、っと奇妙な笑い方をするメリッサ。
「じゃ、個人的にやっていいの? ダメなの?」
きっとヤツは受け付けてくれるだろう。そういう秘密の関係。むしろ燃える。が。
「ダメです。それじゃ賭けになりませんから」
「ちょっとも?」
抵抗するメリッサに対して、ため息をついてグウェンドリンは再確認をする。
「知っているでしょう、プロフェッサー達はこんなどこにも公表されない勝負で、普通に暮らしてたら人生七回くらいは遊んで暮らせる額を、一回で賭けてるわけです。今回もそう。その緊張感を奪ったら。あれですよ、あれ」
なんか、すごい、あれなことになりますよ。たぶん。えらいことに。詳しくは知らない。
そんなことをしたら次の対局など用意してもらえないし、剥奪されるものもある。仕方ないがメリッサは従うしかない。
「ぶー」
一応、最後の悪あがきで唇を尖らせる。精一杯。
まるで子供だ。そんな印象を持ちながら冷静にグウェンドリンは落ち着かせる。
「レモンバームは『人を喜ばせるハーブ』なんでしょ? 奪ってどうすんですか、奪って」
香水やお香など、様々に鎮静効果を持つメリッサ。それを冠しているのに。全く名前と行動が一致していない。
怒られた。不貞腐れながらじーっと、グウェンドリンの頭のてっぺんから足の先まで品定め。うん、悪くない。可愛い。
「じゃ、今日はどうすんの? キミが相手してくれるのかい? ウェンディ」
対局も見れなくて。提案も否定されて。欲求不満。爆発。今はなんとか抑えているけれども。この先はわからない。
やっぱりこうなるか。グウェンドリンは自身の服に手をかける。
「……仕方なさそうですね……」
そう、仕方ない。だってこの身は。全て。毒蜂に捧げると決めているから。




