328話
ドゥ・ファンとギフトビーネの対局を行ったビル。その三九階は宿泊客のための部屋。窓からはエッフェル塔が望める。日没から深夜一時まではライトアップされるが、もうその時間は過ぎてしまった。それでも美しいフランスの象徴。
「あー、負けちゃったか。ファンは」
豪華なダブルベッドの上でバウンドする女性。ここでドゥ・ファンと戯れた蜜月を思い出す。本当は女性に興味があるわけではないくせに。心まで真似をしようとする。そういうところ。すごい好き。染め上げて本気にさせてあげたかった。
結果だけ伝えにきたグウェンドリン。室内の電気は消してあるので、夜景が素敵。エッフェル塔のライトは消えても、街は色とりどりに輝く。いいとこ住んでるなー、と自分の寮と比較。
「うーん、まぁ……負けた、というか、なんというか……あれは負けたっちゃぁ負け、ではあるんですけど……」
そして対局についてはなんと言っていいかわからないのだが。本人達が納得したならそれでいいのだが、なんでか自身が消化不良、のような。
半目で「あ?」と背中を睨む女性。雰囲気から予想できるし、ドゥ・ファンの性格上。
「歯切れが悪いね。どうせあの人が勝ちを譲った、とかだろう。優しいからね、誰よりもあの人は。顔と言葉に似合わず」
つまらない。いや、面白い、のか? わからないが、とても『らしい』対局だったのだろう。棋譜が残っていれば見たかった。やっぱ観戦に行けばよかった。許可はもらってないけど。
さすが、と淡々と感心するしかないグウェンドリンだが、本人に聞かれたら何故か自分が怒られるのだろうと心にしまう。
「……そんなとこですね。顔はわかりませんが」
口数も少ないしぶっきらぼうだし。それでも今まで、参加賞として要求され続けていたのは『ケティ・ルカヴァリエの生活の補助』。学校から食事から。自身が一緒にいることができない時は、誰かが面倒を見る。それだけ。
なにもかもが不器用で。でもだからこそ女性はドゥ・ファンに惹かれたわけで。
「自ら命を絶った友人と、心労で亡くなった母親。二人の代わりに妹を育ててるんだから。ノーベル平和賞くらいあげたいね。元々興味なかったチェスで、その妹にいいカッコ見せたいがために世界ランカーて。『心』『技』『体』『知』。全部バケモンよ本当に」
誰かのために。だからこそ強いのかもしれないけど。自分にはわからない感情だ。




