327話
ケティ・ルカヴァリエという心の支え。これ以上は彼女の人生。自分達があれこれ言っても仕方ない。もちろん、完全にスッキリと、とはいかないのは自身がよくわかっている。が、これも人生。フランスの人生観。
それもそうか、とグウェンドリンも未来に向けてやるべきことをやるしかない。となると、今回の対局。
「賞金ですが」
それこそ、いち学生が持ってていい額を遥かに超えた額。自分だったらもう、全てを捨ててモナコで豪遊したいほど。
しかし、というか当然のようにシシーはあまり関心はない模様。
「あぁ、使い道もそんなにないからね。ややこしいことになっても困る。適当にプールでもしておいてくれ」
チェスを指すだけならこんなにいらない。税金なども考えると、余計なことに頭を使いたくない。とりあえず貯めておいてくれと指示。
「すごーい大金なんですけど」
いらないならいっそ私が欲しい。ダメだろうけど。目をキョロキョロと落ち着かない様子でグウェンドリンは再度意思を確認しておく。
立ち上がり、服を整えるシシー。もうこれでここにいる意味もない。さっさと帰ろう。
「よろしく頼むね。キミや他の毒蜂との勝負はいつでも受け付ける。待っているよ。ごちそうさま」
そう伝え、エレベーターへ向かう。今日は収穫しかなかった。この悔しさと。緊張感と。疲れと。なにもかもが新しい体験だった。早く帰って。そして。
そして誰もいなくなった。残された全ての片付けをこのあとやらなければいけないグウェンドリン。対局していたのは彼女ではないが、どっと重力が押し寄せる。
「はぁ……思うように動いてくれない人達だ。疲れる疲れる」
シシーが据わっていたソファーに腰掛け、今日の出来事を頭の日記帳に書いてみる。こんな結末は初めてだった。だが、美しかった。棋譜も。信念も。矜持も。ドゥ・ファン。ギフトビーネ。負けたことがある、というのがいつか大きな財産になる。どっかで聞いた言葉。
そして一方、ホテルの外に出るシシー。風が吹いている。騒がしい音がする。ホテルの中は静かで快適で。だからこそ今、日常に戻った。戻ってしまった。そこに訪れたのはまず、安堵。
「……ララ」
負けてしまったけど。でもキミが無事でよかった。本当はすごく怖かった。すごく。ララがもし、香りも味もわからなくなっていたら。俺は死んでしまうかもしれない。彼女の楽しみを奪ってしまうから。
だから、毒の効能を聞いてすごく怖くなった。次いで感じたのは恐怖。シュ・シーウェンには悪いけど。感謝もしているけど。やはり怖さがある。足も手も。気づいたら少し震えている。
「……」
夜風が。火照った体を冷まし、汗を冷やしていく。目を虚に。口元は——
「ふふっ」
遅れて興奮が。安堵と恐怖を大きく塗り替えていく。
ダメだ、ニヤけた顔が消せない。見つけた。やっと。俺の。居場所がここに。




