325話
ガチャ、と入ってきた姿を見て、予想通り起きていたケティはハッと身を強張らせる。
「あっ! ……お姉ちゃん……」
「……なにをしてた? 悪いことか?」
室内に入るとシーウェンはコートを脱ぎ、ソファーに適当にかける。先ほどまで自分も人には言えないことをしていたため、偉そうには言えない。しかしなにをしていた? 小さな暖炉の上のアスティエの食器……などのインテリアが割れたりはしていない。
しかしケティはしどろもどろになりながら、一瞬だけチラッと隣の部屋を見た。
「……? え、あ、いや……その……」
それをシーウェンが見逃すわけもなく。ふぅ、と笑みを浮かべながらそちらのほうへツカツカと歩いて行く。
「? どうした?」
が、特になにもない。いつも通りテーブルとイスと。食事をするためのところ。さらに奥のキッチンにも行ってみたが、こちらもなにも変わらず。「で? なにしてた?」と優しく聞いてみる。
緊張が走っているケティだが、不可解、というように目を大きく見開く。
「……え……? お姉ちゃん、気づいて……ない?」
「だからなにが」
はいはいギブアップ、さっさと怒って寝よう。もう疲れた。早くベッドにダイブしたい気分のシーウェンは、本日二回目の降参をする。
するとケティの指し示した先は、リビングにある窓際のテーブル。観葉植物に並んで置いてある灰皿だった。そこには吸い殻が一本。
「……タバコ……」
しゅん、としながら『悪いこと』を明かす。年齢的にはまだ吸っていいわけではない。学校では大勢が休み時間、外に出て吸っているため遠目には見ていた。お姉ちゃんと一緒だ、と。憧れはあったが、しかし禁止されてもいた。
「タバコ? タバコって……」
そういえば。もう、吸う必要もないんだ、とシーウェンはふと気づいた。もちろん好きで吸っていたことではあるが、それも全部あいつを真似て。これを機に完全に禁煙するか。そんな意思も芽生えてきた。
そのタバコは今日忘れた。行きは気づいて我慢していたが、なぜだか帰りは気にならなかった。たしかテーブルに置いていったはず——。
「……?」
体に悪いからやめろ、と全く説得力のない忠告をしていた。だが吸い殻があるということは、興味本位で吸ってみたということ。それはいい。いや、よくないが、それはいいとして——。
「……いつ吸った?」
そう、それが問題。まさか。いや、そんな。もしかして。
正直に打ち明けるケティ。まさかこんな早く帰ってくるとは思わなかったから。
「……今さっき……」
吸ってみて思ったのは、たぶん自分には合わないということ。むせて涙が出た。
「……」
……もし、今さっきというのが本当なのであれば。だとすると、なければいけないものが、ない。いつからだ? いつからなくなっている? シーウェンに焦りの色が見える。
「……お姉ちゃん?」
先ほどから。どこか姉は変だ。なんだか、嫌な予感がする。ケティは少し震えた。
思い返すシーウェン。エレベーターに乗って。歩いて。そこの段階では全く気づかなかった。ないもの。なくなってしまったもの。それは——。
「……匂いが……しない……」
嗅覚が——消えている。




