316話
いつまでも。彼女達の輝きを目に焼き付けたい。できることならずっと続けてほしい。見続けていたい。でも——。
「さぁ、もうこれで二三手目だ。もうすぐ終わりが見えてきたね。◇ナイトb3」
チェスは取られた駒は除外されるため、どんどんと盤上がすっきりとしていく。そのため、将棋のように何時間もかけたり、百手を超えるようなことも、よほど膠着しない限りブリッツやラピッドではあまりない。引き分けにして次の対局に移る。
大会では、ひとりの相手と十戦以上対局し、その勝利数で勝敗を決めるものがある。星勘定を計算に入れて、上手く全体をまとめ上げる。そういうのとは違う、凝縮した熱量。経験豊富なドゥ・ファンにも火が点く。
「もうここまできたら読みだのなんだのは無意味だ。経験と。心の勝負だ」
少しでも『負ける』という気持ちが心によぎったほうが負け。そんな根性論、チェスなどのボードゲームで必要かどうかは疑問ではあった。世界でも。研究が全てだった。根性など、冷静さを失わせる。だがそれは、どこか『負けても次』と切り替える必要があったから。
しかし今は。この対局。この対局に勝つこと以外考えられない。だからこそドゥ・ファンは射殺すように盤面を見つめる。喋りながらも駒が脳内で動く。大局観、つまり『なんとなくこっちのほうがいい』という感覚。それらに全て従う。
「引き分けの多いゲームなんだ、これは」
チェスというものを静かに分析。引き分けというもの。
二〇一二年の世界選手権。ビスワナサン・アナンドとボリス・ゲルファンド。当時の世界最高の頭脳を持つ二人の対局は、一局目から六局目まで全て引き分けに終わった。一二局目までは持ち時間の多いクラシカルルール。だが、それで決着がつかなければ、ラピッド、そしてブリッツへと移る。
アナンドは早指しに強い。ゆえにそちらで勝負をつけようと、クラシカルでの空気感を察知し、引き分けに持ち込んでラピッドで勝つ作戦に移行した。それこそが彼の勝因であるように、勝ちにこだわりすぎない、そういった戦い方もまた、必要なのである。
「そうだね。世界大会なんかじゃ特に」
同じ話をシシーも思い浮かべる。最終的に勝つ、という目的のために、引き分けは非常に重要。とはいえ、あえて引き分けに持ち込むというのは相当に難しい。前にやった記憶はあるが。
静かに手を考察しながらドゥ・ファンは少し今日というものを振り返ってみる。
「この対局も、引き分けが設定されている。苦しくなれば途中からそちらにシフトして逃げることもできる。だが——」
◆ビショップe6。バー内に音が乾いて響く。




