表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
315/335

315話

 後手の一七手目。◆ルークc3。どちらが有利なのか非常に分かりづらい戦況。どちらも微有利とも、微不利とも取れる。そしてAIを使用して検討しても、おそらくはソフトによって意見がわかれるほどに。それほど繊細な揺れ動き方をしている。


「お互いに剣を喉元に当ててダンスを踊る。どちらかがミスをすればグサッといって終わりだろうね。これだ、これが俺はやりたかったんだ」


 これがたとえ最善手ではないものであっても。大会でなくても。棋譜が残らなくても。いや、残らないからこそ、この刹那的な美しさに溢れた、まるで花火のような。


「……言いたいことはわかる。お前が、お前だから」


 ケティの。ララの。彼女達に危険が及ぼうとも。今、シュ・シーウェンが本当の意味でドゥ・ファンになる。世界大会でもどこでも、誰かのために、頭の隅でチラつく誰かのために捧げたチェス。それも悪くなかったが、こうして自分の欲望のために指すチェスもまた。悪くない。


 全て思い描いた通り、いや、それ以上のシチュエーションにシシーは歓喜する。


「世界で一番罪の深い対局かもしれないが、世界で一番美しい対局だ。それは俺が保証する」


「その保証は安そうだ。お前は嘘をつくからな」


 全くもって信用ならないため、ドゥ・ファンの心は揺るがない。勝つために最善を尽くす。それだけ。


 心外だね、と心通わせたと思っていたしシシーはわざとらしく傷つく。


「嘘ではない。ただ俺の演技が上手かっただけだ。いや、上手い演技は嘘になるということか。勉強になったよ」


 いつか役に立つこともあるだろう。持っておいて損はない技能。


「ふっ」


 こいつの強さの源流がドゥ・ファンには少しわかった気がする。ただただ自分が面白いと思うことをやっている。それだけ。どこかでかかってしまうブレーキが壊れている。いっそ清々しい。


 それを離れたカウンターから見守るグウェンドリンだが、呆れたようにあさっての方向に視線が移る。


(あーあ、イっちゃってるよ二人とも。ただ駒を動かすだけのゲームなのに。子供みたいに。でもボビー・フィッシャーも負けて精神崩壊とかしてたし、のめり込みすぎるとこういう人達は幸せなんだろうな)


 だからボソッと、


「羨ましい」


 という感想が無意識に漏れてしまった。声になってから自分の意思に仰天するほど。


 スポーツでもなんでも。本気で、それこそ自分の賭けるべき全てを賭けて、大人になっても夢中でいれる人は、羨ましい。どこかで「あぁ、あいつみたいなのが上に行くんだろうな」とか、そんな冷めた心になってしまう瞬間を忘れて、全力で打ち込めるのって中々できないから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ