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313話

「お前は——」


 狂っている。そう言いかけたドゥ・ファンだったが、だからこそコイツはここにいる。選ばれた。『毒蜂』とはどういうものなのか、今後はコイツを教材として使えばいい。私なんて可愛いもんだ。


 一三手目。◇クイーンa2。対局はまだここから複雑になっていく。チェスクロックを押すシシーの手が軽やかに舞う。


「さて続けよう。時間もだいぶ少なくなってきた。よもや時間切れなど、つまらない終わり方にはするまいね」


 こうしている間にも時計は進んでいた。だが、ここまでの流れを全て見切っていたこともあり、それほど時間は問題ではない。どちらかが敗北に一歩一歩近づいていく。 


「……もう勝った気でいるのか?」


 その胆力、精神力、記憶力、演技力、そして展開力。全てドゥ・ファンは相手を認めるしかない。結局、コイツのほうが『人』を見ていた。少し恥ずかしいな。だが、それと勝敗は別。現在は自分に天秤は傾いている。


 ニヤリ、と笑みを浮かべたシシーはソファーに深く座り直す。


「まさか。確実に勝てる勝負なんて何も面白くない。だからやるんだ」


 勝ちも負けもそれはただの結果。その過程こそが本当の果実。死ぬ瀬戸際に輝く一瞬の光。それはまだ。これから。準備が終わっただけ。


 不思議と。心臓の鼓動が落ち着きを取り戻したことにドゥ・ファンは気づいた。あぁ、やっぱりコイツは嫌いだ。同時に羨ましい。そして自分達はこうあるべきなんだ、と。


「……これでようやく五分だ。ここからは。お前を倒すためだけの手に変更する。最善手よりも、盤面を複雑にする手でお前を惑わす」


 相手が自分が指すであろう全ての手を予想できているのであれば、その研究を捨てさせる。そのために、わざと最善手以外で勝ちまで持っていく。それしかない。いつの間にか、自分が並の指し手に引き摺り下ろされている。だが、それも悪くない。この緊張感は人と人だから。


 いいね。これだからやめられない。ここからの数分間を味わうために、全て準備してきたんだから。甘さを凝縮した濃密な時間にシシーは酔いしれる。


「宣言しなくていい。そうだろうと思っていたから」


 ここからは焼き切れるまで脳を使う。終わった時、どれだけのカロリーを消費するかな。もっと食事を摂っておくべきだったかな。そんなことを悔やむ。


 ようやくカクテルに口をつける。ショートは五分以内。わかっていたことなのに。またあのバーに行ったら、もっと美味いモンローマティーニを作ってもらおうとドゥ・ファンは決めた。


「お前がやり口を教えてくれたせめてもの礼だ。棋譜が残らなくてよかった。そのほうが忘れない」


 初めて見せるかもしれない、自分が毒を持った蜂になる瞬間。卵から孵化する。そうしなくては勝てない相手だから。


 余裕を持って最善手を指される、よりも恐ろしくて魅力的であることをシシーは理解した。危険な蜂の巣を叩いてしまった。こちらも意識を変えねば。すぐに勝負がついてしまう。自分の負けという形で。


(……さて。ここからはどうなるか俺にもわからない。想像の外に行かれたら。果たしてどうなる)


 そんなことになったら。もう。最高じゃないか。

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