308話
時間は日付の変わる前。早朝に戻る。場所はシシーとサーシャの部屋、二段ベッドと机しかないようなシンプルさ。留学生用なので仕方ない。サーシャはどこかへ行った。
その室内で、眠い目をこすりながら、グウェンドリンは対局前にやらなければいけないことがあった。
「ではこのカードをどうぞ。今夜日付変わって〇時。一五区のでかいビル、って言えばわかると思いますんで、お待ちしております。もしくは部屋も取ってありますので、休みたければそちらで」
一枚のVIPカードを手渡す。どう考えても外出禁止の時間だけど、まぁそのあたりはなんとかなるでしょう。他にも同じようにどっか行ってる子もいっぱいいるし。そんなわけで、自分の役割の半分は終了。
下のベッドに制服のまま寝そべりながら受け取ったシシーは、愛おしげに軽くカードにキスをする。
「なるほど。食事などもこのカードでできるわけか。住もうと思えば住めると」
どうも大元はとんでもないお金持ちらしい。だいたい、お金を持ち過ぎるやつはロクなことを考えない。だがそれはむしろ望んだこと。リターンが大きいことはリスクも大きい。どっちも愛している。
説明が省けたことは僥倖。まだ口も上手く回らないグウェンドリンからしたら、ありがたいことこの上ない。
「あー、まぁ、そういうことですねぇ。それから、まぁ賭けるものが賭けるものなので、なにかひとつだけ、欲しいものがあれば承ります。毎度、そういった特典も用意されていますので。参加賞、的な」
それでモチベーションが上がるなら安いもの、ということらしい。次回以降も参加してくれるように。金持ちは太っ腹だ。私にもなにかくれてもいいんですけどねぇ。
「なんでも、ね」
不敵な笑みで考えを巡らせるシシー。色々ある。ビールを樽で、師であるマスターにプレゼントでもするか。
あ、と補足を思い出したグウェンドリンは追加で伝える。
「別に物じゃなくても大丈夫です。例えばドイツまでの帰りをプライベートジェット、とか。まぁ、常識の範囲内って感じですかね」
自分の想像力じゃそれくらいしか思いつかないけど。プライベートジェット。常識かな、これ? 維持費でどれくらいするんだろう。あとで検索してみよう。
「常識か。俺の常識とキミの常識が乖離していても可能なのかい? 俺は欲張りだからね」
悪いことを思いついた時の顔。シシーは勝つための策をずっと考えていた。もし可能であれば、一パーセントくらいは勝率が上がるかもしれない。
嫌な予感はする。が、それがグウェンドリンの仕事。
「聞くだけは聞いてみます。ダメだったら諦めてください」




