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305話

「さて、そろそろ攻撃のスイッチを入れる。準備はいいか?」


 キャスリング。◆キングg8。ドゥ・ファンも堅牢な守りの駒で城壁を作る。探る。相手の出方を。そして。出てこないのであればこじ開ける。それだけ。物事の本質はできるだけシンプルにするべき。自ら複雑にする段階ではない。


 ただただ守りを固めているだけなのに、それですら圧力を感じる。予想以上だ、とシシーは駒を握る指にも力が入る。まだ動きのないaからcのファイル。こちらを少しずつ埋めていく。◇b4。


 それらを読んでいたかのように即座にドゥ・ファンは◆c5。ガチャ、とひとつ、キューブを回す。


「……」


 またもシシーは長考する。◆c5のポーンを◇b4のポーンでテイクすると、◆c8にあるクイーンにテイクされる。クイーンは序盤に動かしてはいけない。最強の駒ゆえに、引きずり出してしまえば標的にすることができる。相手はそれを守るために手数をかけなければならないことになる。こちらに有利に働く。


 だが、本当にそれでいいのか、という不安が付き纏う。序盤におけるこの『c5』の位置。ここにクイーンを置かれること。敗北に近づく予感がする。攻めに出るなら誘き出す。守るなら——


「◇a3か。弱気になったな」


 無論、コンピューターなどを使っているわけではないけれども。感覚でドゥ・ファンはわかる。今『c5』を取らなかったことが、この先徐々に状況を悪くしていくと。


 指してしまったらもう戻せない。なんでもありとは言っても、流石に限度がある。先を思考してみるシシーだが、そこにはまだ至っていない。そんなに悪い手なのか、言われてもはっきりと悪手とはやはり言い切れない。


「……」


「評価値で言えば私が微有利になったな。お前は自分で思っているほど攻撃に振り切れていない」


 厳しいドゥ・ファンの評価。だが的確でもある。先を『読み過ぎた』ゆえに、守りに入ってしまう。急所を突くタイミング。それは経験でしか埋められない部分がある。


 一瞬で集中を切らされたシシー。だが、まるで『指導されている』ような奇妙な感覚。余裕のあるその戦い方が、今は非常にやり辛い。


「……さすがだ。まだ八手しか動かしていないのによくわかる。そうやってここまで勝ってきたのか」


 負けてしまったら剥奪される称号。今持っているということは、勝ち続けてきたわけで。持っている引き出しの差を痛感する。


 タバコを吸いたいところだが、それは自発的にドゥ・ファンはやめておいた。吸えるのならもっと強い、と自認している。


「……違うな。ずっと負けてきた。ただ勝ちたい、楽しみたいだけのお前とは違う」


 常に全力で走っているわけではない。ただ、一瞬の隙。そこを見つけた瞬間。世界が入れ替わる。相手の意識の外。盤面だけではない。『人』を見ること。チェスを『理解』しようとしない限り、上へは行けない。

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