296話
それに従い、一度二人はエレベーター前まで移動。当然だが他にこのフロアには誰もいない。靴音だけが鋭く響く。
「プロフェッサー、と言っていたね。会ったことあるのかい?」
興奮を追い求めていたシシーの単純な興味。実物に用はないが、こういう場を提供してくれているだけで価値がある。
しかし聞いているのかいないのか、相変わらずクールにいなすドゥ・ファンは、
「……」
と、腕を組んで無駄なことを話すつもりはない。そもそもがもう真夜中。盛り上がるテンションでもなければ、そういう性格でもなかった。
余裕たっぷりにシシーは残念がる。
「おやおや、嫌われてしまったかな」
まいったね。そんな楽観的な声も。
「白と黒。どちらでもいい。好きなほうを選べ。あいつとグルになっていると思われてもかなわん」
口数少なく。最低限。それくらいのハンデはくれてやる、とドゥ・ファンは持ちかけた。すでに何戦もしている自分と、ルーキーである相手では少しでも差を埋めてやろう、という上からの提案。
だからこそ、というわけでもないが、基本的に平等になるように調整できるところはこれまでもしている。自身が有利だと思えば、このように手番は好きなように。自信からくる余裕の表れのようだが、これこそが彼女のメンタルを保っている部分でもある。
少し感情らしきものが出てきたね。間をとってシシーは返す。
「思っていない。ルールを聞いた時、軽く舌打ちしたね。苦手、というわけでもなさそうだが、はてさて」
結末は神のみぞ知る。楽しくさせてくれる調味料であればいいのだが。
「……」
すでに会話は無意味。語ることのないドゥ・ファンと、語り合いたくてたまらないシシーの構図。
「またダンマリかい? ふふっ、じゃあ白、先手を貰おうかな。有利なほうがドゥ・ファンというものを味わえそうだ」
研究の結果、微有利だとされている先手。流れをまず決めることができるため、そのまま持っていくことができれば当然勝ち。とはいえ、何百年と研究が続いているため、どんどんと縮まってきてはいるが。
さらに今回は従来と違う960ルール。本当に先手が有利なのか、初期配置でどう変わるのかなど誰もわからない。
二人が頃合いを見て戻ると、すでに盤面は完成されていた。ポーンは全てそのまま。二列目はナイト・クイーン・ビショップ・ルーク・キング・ルーク・ナイト・ビショップ。今まで学習してきたオープニングなど、やはりなんの意味もない。




