295話
無駄な話を長々と。前からドゥ・ファンはグウェンドリンという人間を信用していない。さっさと先に進めてほしい。
「ルールは? どうせ普通ではないんだろう?」
気まぐれで変わるシステム。チェスには様々なルールが存在する。テイクした相手の駒を使うことができる『クレージーハウス』。相手の駒を見ることができない『クリークシュピール』。四人でプレーする『クアトロチェス』など、変則的なものは地域によってもあったりする。
毒蜂同士の勝負の場合、こういったものが時々採用される。ない時もある。なのでその時にならないとわからない。さすがに三次元で駒を動かす『空間チェス』などの、観ている側もよくわからなくなるものは除外されているが、経験からして今回は『ある』と勘が告げていた。
まぁ隠すことでもないので、グウェンドリンもさっさと公表してしまおうと決めた。
「よくお気づきで。今回は——」
《960》
すると、手にしていた携帯からスピーカーで男性の声が発せられる。現在、どこかに繋がっている。このふざけた戯れの創造主。その人物がわざわざ今回の特別ルールを宣言した。それだけ伝えると無言になる。
喉元まで出かかっていた言葉。美味しいところを掻っ攫われたワケだが、グウェンドリンは気を取り直して進行していく。
「ありゃ。言われちゃった。今、プロフェッサーよりご紹介があったように、今回のルールは『チェス960』になります。ご存知です? まぁ、知らなくてもやるんですけど」
両者の顔を交互に観察。片や不機嫌、片や笑顔。対照的でなんだか空気が痛い。
先に口を開いたのはドゥ・ファン。チェス960。それにはとある歴史があって生まれた。
「ポーンを除いた他の駒。それらをランダムに配置し、鏡写しにしたルール。あのボビー・フィッシャーが提唱したことでも有名で、別名フィッシャーランダム」
「そしてその配置の種類が全部で九六〇通りある。ゆえに『チェス960』。ほとんど大会を開かれることもない、変則チェスのひとつ。オープニングなどはもはや通用しない」
引き継ぐのはシシー。その言葉通り、チェスは固定化された初期配置があるからこそ、オープニングの動かし方が存在する。それがバラバラになるということは、それが全て無意味となる。知識よりも応用力、アドリブ力を求められる。
知っているなら話は早い。いい勝負が見られそうでグウェンドリンもひと安心。
「あー、私の役割言われちゃったんですけど。そういうことです。今から私が適当に置きますので、二人は少し離れて先手後手だけ決めちゃっておいてください」
そこは平等に。トスでも話し合いでも。好きなようにしてもらっちゃって。




