294話
そこはグウェンドリンもツッコまれるところだとは思っていた。というか、セット係とか、そういうの雇わないのかと常日頃から。
「まぁこれは個人的な楽しみとしてやっているだけなのでね。そこまで大規模にする必要もないんです。盤面と、あとは私が個人的に撮影する程度。はい、笑って笑って」
そして携帯のカメラを二人に向ける。うんうん、映えるなー、この二人。
「……」
盤を見つめるドゥ・ファン。濁った感情が胸で渦を巻く。いつも。意気揚々と臨むことなどできない。ある意味で見せ物。世界中のチェスプレーヤーが見守る、とは違う。
二枚ほど撮影したところで、グウェンドリンが訝しむ。
「あらら。ファン、美人が台無しだって」
仏頂面で、全てを憎んでいるかのようなドゥ・ファン。対局はともかく、こんな茶番にまで付き合う必要も義務もない。
「……いいからさっさと始めろ。時間の無駄だ」
つれないねぇ、とグウェンドリンは唇を歪ませる。こっちだって予定をキャンセルしてここに来てんのに。空元気で明るく振る舞ってるのに。
「そんじゃまぁ。自己紹介、ってのもいらないかと思いますが一応。アービター兼カメラマンのグウェンドリン・グラシエットです。よろしく」
ついでにバーテンダー。さらに言えば準備と片付け係。なんでも屋。
「おやおや。大役だね」
ソファーに座ると、足を組んで頬杖をつくシシー。全くこのやり取りを仕組んだ者の全貌が見えないが、楽しそうなのでまぁいい。なるようになる。
褒められたら伸びるタイプのグウェンドリンは、そう言って労ってもらえると嬉しい。やる気が湧く。でも控えめに。
「いえいえ。主役のあなた達に比べたら端役ですよ。ちなみに参加賞はそれぞれご用意してあります。もちろん勝ったほうは賞金を差し上げますので、勝利を目指して頑張ってください」
自分はどっちが勝っても特別手当みたいなものはない。たまにはあってもいいんじゃない? ブラック企業ってこう言うのなのかな。知らないけど。
普通の対局じゃない、なんてことはとっくにシシーもわかっている。リスクとリターン。それを実現した戯れ。
「太っ腹だね。勝っても負けても欲しいものが貰えるなんて。お金持ちの考えることは豪快だ」
ここにいるような連中は、この緊張感の中で対局することが目的なんだろうけども。すでに本当に欲しいものは獲得できていて、このあと味わうだけ。
色々と報酬が多いのも、ワケがある。グウェンドリンはそのあたりの説明を少し詳しく。
「ま、命張ってもらってるわけですから。油田とか、そんな感じでブッとんでなきゃいいそうです。検討しますけど、その裁量はこっちで考えます」




