291話
そこは名のあるホテル建築家が設計を手掛けた、地下五階、地上四五階の外資系ホテル。一八階まではオフィスや店舗などの入った複合型として、パリ一五区に燦然と聳え立つそれは、夜になると最上階の展望台はパリの夜景を一望できる人気スポットとなる。
ガイドブックでも星を獲得している複数のレストランやジムなども完備しており、海外からの要人も宿泊することも多い。質というものを重視した高級ホテル。パリでの滞在を優雅なものにすることを保証している。
ロビーに入ると、正面には職人章を獲得したフローリストによる装花が出迎える。クリスマスの近づいてきたこの季節。巨大なクリスマスリースに使われているものは、サツマスギやヒバ、ブルーアイスなどの緑と、サンキライやリンゴといった赤。そしてこれまた赤い大きなリボン。
観光スポットや地下鉄の乗り方など、細かな相談を承るゲストリレーションも二四時間配備し、館内施設やその他情報を網羅したベルマンも常に視野に入る。
広いロビー内。温暖色で彩られた広い空間。深夜だというのに人もまばらに存在する中で、その少女、シシー・リーフェンシュタールは多く配置された高級ソファーに身を預けながら、手を上げて呼び止める。
「やぁ。昨日はどうも。まさかこんなところを貸し切るなんてね」
果たしてどれだけの資産を持っているやら。が、そんなことには興味などなく、ただただ感謝しかない。全力で遊べる環境。そして——。
「貸し切っているわけではない。ここがヤツの所有する建物のひとつなだけだ。余計な邪魔が確実に入らない場所。それがここ」
全力で遊べる相手と認識されたドゥ・ファン。『毒蜂』である限り、ここのホテルを自由に使っていいという許可は得ているが、断っている。そこまで世話になる義理もない。信用はしていない。
所有しているとなると、ある程度どういう人物なのか調べればわかるだろうが、そんな野暮なことはしない。今後できなくなる、なんてことがあったらシシーとしては損失のほうがデカい。
「なるほど。ここならなにが起きてもバレない、ということか。ふふっ」
助けなんて来ない。いや、それともここで事は起こさず、後日ということになるのかな? わからないが、そうなると実行されるまで毎日、絞首台を登り続けている心境になるのかもしれない。笑いが止まらない。
こんなことに首を突っ込むのはイカれたヤツだけ。そんなことはドゥ・ファンにもわかっているし、そういうヤツらばっかりだった。だから驚きはしない。自分はそうではないと完全には否定はできないから。それでも。
「……最後の忠告だ。退け。今ならまだ間に合う。あいつの元に帰れ」




