287話
付き合っていた男というのが、実はパリでも有名な強盗や粗暴などの犯罪組織の一員だったようで、フランス捜査介入部の調査の結果、関係しているとしてヴァージニーも拘束された。のちに釈放されるが、戻ったところで居場所はなく、家族の中でも、学校でも立ち位置が孤立してしまった。
そうしてシーウェンの部屋に来ることもなくなった彼女。いつもの自分のペースで、やりたいように振る舞う行動は鳴りを顰め、学校ですれ違いざまに「ごめん」とひと言だけ。その日のうちに、自宅近くの公園でオーバードーズによって死亡が確認された。
咳止め薬の多量摂取によって幻覚を見たり興奮状態のままだったのか、自傷の痕も見られたらしい。小さな教会でひっそりと行われた葬式。暗めな色合いの服ならなんでもいいので、シーウェンも行ってはみたが、学校の友人などは見かけなかった。
その後、妹のケティは姉のいない精神状態からチェスは辞め、父親も相当に荒れた結果、離婚となった。フランスでは離婚をしても親権は共同のものである、と民法典により定められているが、ほぼ一方的に押し付ける形でどこかに消えたらしい。
残された母親とケティではあるが、ソーシャルワーカーやエデュケーターの力を借りても限界はある。ただでさえ障害を持つ子供。最初は距離を置こうと決めていたシーウェン。だが、そうやって考えるたびに自身のストレスが増していく。
「……なんで私がこんなことに……」
学校では、他の生徒、ヴァージニーの友人だったはずの子達は、何事もなかったかのように過ごしている。なんら問題はない。悲観に暮れているよりも何倍もいい。しかし実際にそこまで強い結びつきは、彼女達の間にはなかったらしい。
静かな自室。望んでいたもののはずなのに。なんだか胸にぽっかりと穴が空いたようで。「あぁ、よく使う表現はこういう時のものなんだな」と勉強になった。ご飯も、美味しさが半減した。
やらない後悔よりやる後悔。だから一度だけ家に行く。そうすれば解放される気がして。モヤモヤしたものが消え去る気がして。自分のため。母親と妹のためなんかじゃない。だが。
「お姉ちゃん?」
姿形も、国籍さえも違うシーウェンを、ケティは姉だと言い張る。帰ってきてくれたと。生きていてくれたと。だから遊ぼうと。
フレゴリ症候群か? と戸惑いながらシーウェンは推察した。知っている人物が他の誰かに変装しているという妄想を抱くものだが、どうもそういうわけでもない。ただ、この人が自分の姉だと疑いもなく信じきっている状態。
母親も娘が一体なにを言っているのかと困惑していたが、訪ねてきてくれた友人は初めてだったようで、警戒しつつも静かにもてなしてくれた。生前はちょくちょく来ていた友人数名も、事件後は一切来ていない。




