283話
「どうした? そっちはそのままでいいのかい?」
挑発を続けるシシーに対し、忠告するドゥ・ファン。
「退け。そしてこっちからは足を洗え。表の世界で生きろ。お前なら上がってこれるだろう」
世界大会。そこでなら待つ。楽しみにしていたのは自分も同じ。だが。もし。こいつがいなくなったら——
「……」
眠る女性。それが。どうしても。
「……」
重なる。あいつと。
ふふっ、と妖しく破顔するシシー。懐かしさが込み上げてくる。
「以前、俺にそう言ってきたヤツがいたな。真っ当に生きろと。こんなことはやめろと」
初めて真剣師というものに出会ったことを思い出す。あの時。あの時から。血が全て入れ替わったような。それまであったきっかけ。それらを媒介にして、生まれ変わった。
「そいつはどうなった?」
興味などドゥ・ファンにはないが。ここに今いる、ということが答えだから。
そいつ。その後。はて? とシシーは今になって気になってきた。
「さぁ? だが、俺にこの世界の楽しさを教えてくれた恩人だ。今もどこかで元気にやっているんじゃないか」
名前は忘れた。記憶に自信はあるが、負かした相手は忘れることもある。そもそも聞いたっけ?
なにを言っても無駄か。イスから立ち上がって今度こそドゥ・ファンはタバコを咥えた。
「『毒蜂』同士の勝負はただの勝負ではない。金以上のものがかかる」
ドス黒い、最悪の賭け事の対象となる。自ら足を踏み入れることの愚かさ。身をもって知るしかない。すでに数戦行っているが、とても気分がいいとは言えないものばかり。勝ったとしても。メンタルが弱いならそのまま崩れていく。
明らかに今までに感じたことのない雰囲気を持つ相手。恍惚。これこそがシシーの求めていたもの。
「それだ。そのヒリつく感覚。それを待っていた。わかるだろう? 金ではどうにもならないってことを」
「……」
自分も楽しみにしていたから、それはドゥ・ファンにもわかる。ただ。今は。お前とだけは。なんで……お前なんだ。
「俺のためを思って言っているなら逆効果だ。あんたは違うのか?」
カウンターには美しい青のカクテル、チャイナブルーが置かれた。ライチとグレープフルーツの香味。お礼を述べつつシシーはいただく。
そうして訪れるのは静寂。深く。深く思考の海へ沈むドゥ・ファン。もう。手遅れか。
「……お前のため? 自惚れるな。お前は。彼女のところには戻れない。それまでの時間を大切にしておけ」
最後にひと目だけ、ララを見やる。似ても似つかないはずなのに。キミから大切な人を奪ってしまう私を許してくれ。なんて言わない。そしてそのまま外へ出ると、タバコに火をつけた。
「……」
少し、風が出てきた。体感温度はさらに低くなる。だがどこかそれが心地いい。吐き出した煙と一緒に、自分の魂まで抜けていったら。どんなに楽なんだろう。
そんなことを考えながら。答えの出ないまま。ただ。歩く。




