275話
蜂。蜂さん。ハニーカフェラテは好き。健康にも美容にもいい。でも顔はちょっと怖い。なのでララは提案。
「へー。蝶とかテントウムシのほうが私は可愛くて好きかな。そっちに変更しない?」
中国語でなんて言うんだろう。私がつけてあげよう。シュメッターリングかマリエンケーファー。あ、でも呼びづらいかも。ハハハ。ファンでいいや。
ここまでガツガツくる人は初めてかも。明日このことを覚えているんだろうか。そんなことがドゥ・ファンは心配になってくる。
「さっきも言ったがあだ名のようなものだから、私がどうこうという話ではない。というか、聞いてほしいとか言っていなかったか?」
このままだと一生終わらない気がしてきた。さっさと次に進もうとドゥ・ファン。
聞いてほしいこと……? と先ほどまで泣きそうになっていたことをすでにララは忘れている。そして気づく。
「あっ! そうだ、聞いてよ、実は恋人に秘密でパリまで来たんだけど……会えないって言われて」
なんでここでヤケ酒をしているのか。その原因。まぁ、なにも言わないで来た自分が悪いんだけど。そしたらたまたま目に入ったこのバー。バー? と最初は困惑した。誰もいないし、そもそも普通に歩いてたらわからないし。お酒を飲みたい気分だったのでつい。
もう理由はわかっているだろ。わざわざ言う必要もないんじゃないかというくらい、冷めた目でドゥ・ファンは話をまとめる。
「その人にだって事情がある。無理に押していけば向こうはどんどん引いていく。まず一歩引いて、状況をよく見渡すべきだ。そして必要性を作る」
ショートカクテルは五分以内に飲め。氷がないぶん、すぐに温度が上がってしまうから。キリッとした口当たりの中にほのかな甘さ。美味い。しかもマティーニをステアではなくシェイク。ジェームズ・ボンドの有名なやつ。マスターはこういうのをサラッと仕込んでくる。
なにやら難しい単語が。そこにララは引っ掛かりを覚えた。
「……必要性?」
提供し終えたあとは無言でグラスを磨いていたマスター。わかっていなさそうなのでそこに割り込んでみる。
「『ウルフ・オブ・ウォールストリート』という映画であったんだが——」
「このペン。これを売りたい。なんの変哲もない、ただのペンだ。さて、ララならどう売る?」
胸ポケットから一本のペンをドゥ・ファンは取り出す。そしてそれをカウンターの上へ。コロン、と転がる。




