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27話

 そんなシシーの心情を気にせず、老人はゆったりとビールを一口飲む。だいぶぬるい。


「それは知らないよ。聞かれてないし、今日も来てって言ってないし。勝手に来て、勝手に怒ってるだけだ。でもま、これで問題はなくなったね。それと」


 先ほどからテーブルに置かれていた金のポーン。それを老人は戸惑うシシーに手渡す。


「なんだこれ、なんの意味があるんだ?」


 先週もやったが、中に何か入っているのか、シシーは揺らして確かめたり、掴んで全方位から眺めてみる。色は派手だが、やっぱり普通のポーンだ。金も純金とかではなくメッキのような気がする。価値があるものでもない。


「非公式に開催されている真剣師の大会があってね。それの参加チケットだよ。普通の大会に出るのはキミは嫌がりそうだからね。力は試したいでしょ? 賭けを生業とするわけだから、あんまり大っぴらにはできないんだけど」


 参加条件は、真剣師であること。特殊なツテを使って主催者にメールを送り、資格をもらう。ちなみにもう、申し込み期間は終わってしまったとのこと。老人の説明をまとめると、こういうことになる。


「久しぶりに本気でやろうかと思ったんだけどね、それよりも面白いものを見つけてしまったというワケ。それはキミが持っていたらいい。参加資格を譲渡しよう。ただし、今後、命は賭けちゃダメだ。約束」


 正規の生き方をしていない者達だけが集まる大会。シシーには、興味がないと言えば嘘になる。賭けをしているだけでも危険なのに、さらにこんな危ない大会なら、それの上澄みのような純度の高い悪人かつチェス自慢。顔が綻ぶ。が、必死に抑える。


「……いいのか? あんたのなんだろ? それにオレはやるなんてーー」


「いや、キミは必ず参加する。お互いに対局に条件をひとつ追加できる、というのがこの大会のルールなんだ。面白そうでしょ? あ、お互いに毒を飲むとか、そういうのは無しね」


 シシーの心情と行動を先読みし、老人は釘を打つ。危険な人間達とはいえ、楽しいチェス大会。死人が出るのはよくない。それは娯楽ではない。


「まだ色々納得してないけど、面白そうじゃん。気に入った」


 新しいおもちゃを与えられた子供のように、真剣師のみの大会にシシーは食いついた。どうせやるなら、ただ強いだけの表の人間より、なんでもありの修羅場をくぐってきた骨太の悪人のほうが、美味そうな獲物だ。きっと、盤外戦術なんかも色々仕掛けてくるのだろう。それら全てを超えてやろうか。


「決まりだね。それで登録者の名前を変更したいんだけど、なにかコレっていうのある?」


 指をスラスラと動かして携帯を操作しながら、老人がシシーに問う。こころなしか、負けたというのに少し嬉しそうにも思える。新しいおもちゃを見つけたのは、この老人にとっても同じか。


「あんたはなんて登録したんだ?」


 逆にシシーは問い返した。そういえばこの人の呼び方がわからない。というかお互いにわからない。この際だから、登録名で呼んでみよう。


 老人は胸を張る。


「僕は『マスター』。実はデュッセルドルフには僕の経営する喫茶店があってね。そこでの呼び名なんだ。僕は師匠なんだし、そういう意味でも気軽に呼んでくれていいからね」


 胸に手を当てて、呼んで欲しそうな顔をしている。師匠になれたことが実は結構嬉しい。現役時代は弟子のようなものはとらなかったので、少し憧れてはいた。


 しかしシシーは渋い顔で否定する。


「誰が師匠だ。名前か、ネットチェスでも使ってるし『ビーネ』でいいか……」


 ひっそりと気に入っている蜂の名。自分の戦法にも似ている。ハチミツを作ることもできて優秀。だが、過去から一皮剥けて、新しい名前を名乗りたいのも事実。言ってから少し悩む。


「『ビーネ』、これでいい?」


 老人が画面を見せてくる。


 そのままでいいか、と思ったが、老人が変更完了ボタンを押す直前に思い直した。


「いや、変更する。貸してくれ」


 老人から携帯を借り、画面を指でなぞる。終えると、その画面を老人に見せる。オレはきっとハチミツなんか作って、世の中の役に立つような人間じゃない。一生、誰かから恨みを買うのだろう。だから、


「『ギフトビーネ』」


 毒蜂。オレはきっとそういう生き物なのだ。

続きが気になった方は、もしよければ、ブックマークとコメントをしていただけると、作者は喜んで小躍りします(しない時もあります)。

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― 新着の感想 ―
[一言] なるほど、「e4」はいわばプロローグでしたか。 ご老人ははたして、破滅に向かって疾駆するシシーの手綱を御することができるのか? この先の展開が楽しみです。
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