269話
幸せ。そう言われると、話の内部に深く潜った感触をヴァージニーは得た。小声で「それは……」と漏らすと、形のないそれからはじわじわと浮かび上がってくるものがある。
「……妹のやりたいようにやらせたい。キューブもチェスも好きかもしれないけど、もっと楽しんでできるような。やりたくなかったらやらなくていい。だってこのままじゃ——」
嫌いになってしまう。あの子が遊戯を? 自分があの子を? たぶん両方。それは嫌だ。好きでいたいし、眠るあの子を見守る。それが幸せなんだろう。
「……直接聞いてみたのか? こんなところに来てないで。そっちのが先だろう」
それとなくシーウェンは帰ってくれと言っているつもりだが、なんとなくわかってきた。たぶん最後まで聞くことになりそうだと。
肯定しつつ、だがヴァージニーの心のモヤモヤはまだまだ巨大化していく。
「たぶんよくわかってないんだと思う」
まだあれくらいの年齢では、とりあえず言われたことや、敷かれたレールの上を歩むことになんの疑問を持たないのだろう。だからこそ胸が痛いわけで。自分は、自分には姉とかいなかったから耐えられなかったわけで。そう、今あの子は耐えているんじゃないか。
なんとなく、ずっとシーウェンは違和感を感じていた。話の表面だけを引っ掻いているような。まだ腹を割っていないような。そこに斬り込む。
「本題を言ったらどうだ。問題は妹じゃないだろう。頭に針を刺して性格を改善してほしいと言うんだから、妹が羨ましいというヴァージニーの願望だな」
声の感触から奥底に眠る願望を隠している、と判断できた。わかりやすい。
「……鋭いね」
はっきりとした物言いに、口答えは無意味と判断したヴァージニーは素直に認める。両手を上げて降参のポーズ。
なぜだか、妹が擦り寄ってくるたびに、神経を逆撫でされているような。嬉しいし可愛い。宝物。それなのに。心の中にドス黒い感情が芽生えてきていて。それが最初はなんなのかわからなかった。だが霧状だったそれが少しずつ凝縮して、少しずつ形ができてきている。
嫉妬。そう、これは嫉妬という醜い感情。
なんてことはない。こいつは人に頼ることが下手なんだな、とシーウェンは評価に加えた。
「簡単に言えば『父親を奪われて悔しい』ということだな。私がどうこうという話ではない。じゃ、終わりだな」
目を閉じる。少し寝るから勝手に帰ってくれ。買い物は……あとでいい。洗濯も。起きてから。




