268話
だが、妹にそれが厳しいことはヴァージニーはわかっている。というより不可能に近い。
「その障害ってのがディスレクシア、ってわかる? 文字の読み書きが困難なものらしくて。完治も難しいらしいから、どっちかというと一芸的な方向に伸ばしたいみたい」
だから学校でもほとんどテストというものが受けられない。どういう風に文字が見えているのか、一度聞いたことがあるが、まるでぐちゃぐちゃに塗りつぶされているようで、わからないそう。自分で書いた文字も確認ができない。
文字の識別ができない障害。たしか映画監督のスピルバーグとかもそうだったか、とシーウェンには顔が浮かぶ。
「なるほど。たしかに口頭はともかく、筆記は難しいな。そちらが受からないと口頭にさえいけない。足切りだ」
グランゼコールの試験、通称『コンクール』では、試験は二次まである。一次では歴史や経済などのペーパーテスト、そしてそれを合格した場合のみ、二次として口述のテストに進むことができる。しかしこれではそもそも、準備学級にすら入れない。
ヴァージニーは目を閉じる。先のことなど考えたくない、ということを体現しているように。ごめんねと心の中で妹に謝る。
「……お父さんがね、私で諦めていた夢を、妹で実現させよう、みたいな。しかも私の時よりも少しやりすぎ、な感じで」
なにかの分野で世界一を目指す。それはどんなものでも簡単な道ではなくて。もちろん、妹がやりたくてやっているなら止めないのだが、どうもそうは思えないから。
早く出ていってほしいだけだったのに。なんだか湿っぽい話になってきた。こういう時どうするか、などあまり経験がないシーウェンは、とりあえず適切な言葉を借りてみる。
「『幸せは目的ではない。単なる副産物だ』」
「またジャッキー?」
今度は『ラッシュ・アワー』とか? たしかあれはあまりジャッキーは好きじゃない、と言っていたような。というこぼれ話をヴァージニーはたまたま目にしていた。
しかしシーウェンは無視して会話を続ける。
「エレノア・ルーズベルト。アメリカ第三二代大統領、フランクリン・ルーズベルトの妻の言葉だ。言いたいことは、幸せをゴールにするのではなく、何かを成し遂げた結果が幸せであるべき、ということ。ヴァージニーはなにをしたら幸せになる?」
私には関係ないが。こんな話を誰かとしたこともない。今、こういう声掛けでいいのかもわからないが、黙るよりはいいか。




