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265話

「頭に穴開いちゃうっての。頭洗う時大変ね。お湯入っちゃって」


 なんて笑ってみる。バカな会話をしてちょっとだけ元気が出たヴァージニーだったが、映画『ハンニバル』の例のシーンを思い出す。うえっ、自爆した。観たその日はご飯がいつもより三割くらい食べられなかった。


 そのどこか憂いを帯びて思い詰めたような表情。背中越しだがシーウェンにはわかる。


「なにがあった?」


 それほど会話したことは今までなかったが、話した時の声色や状況、纏う空気感から負のオーラが見えるようで。たぶん、誰かに聞いてほしいのだろう。そう判断した。だから促す。


「……」


 下を向いて笑みを浮かべるヴァージニー。心模様はどんよりと厚い雲が覆っていて。


「話すことがないなら帰ってくれ。私も忙しい」


 日用品を買ったり洗濯に行ったり。勉強もしたりとシーウェンはこのあとの予定を立てる。


 話していいのかな。いや、話すために来たんだし。でもこんなこと話されて困らないかな。そんなラリーがヴァージニーの胸の中で続く。


「……シーウェンはさ、お父さんて好き?」


 迷っていても仕方ない。ここまで来たんだから。


 父。それに対してシーウェンが答えられることはひとつ。


「会ったこともないな。母親も。私は養護施設で育ったから」


 だからどういうものなのかはわからない。もちろん、施設の人達を親というのであれば、そういう返しもできるのだろうが、今聞かれているのはそういうことではないのだろう。そこは理解している。


 二一世紀になり天津に最初に設立された、いわゆる赤ちゃんポスト。『安全島』とも呼ばれるこの施設は、子供達を更なる危害から守るために、中国各地で設置されている。


「……ごめん」


 最悪。やってしまった、という風に落ち込むヴァージニー。相談する人を思いっきり間違えたかもしれない。頭を抱える。


 しかしシーウェンは特に気にする素振りもなく淡々としている。


「なにを謝る? そこに入れたおかげで今、こうしてここにいる。恥じたことはないし、親というものを恨んだこともない」


 もし、いわゆる一般的な家庭で育ってたのだとしたら、違う道を歩んでいただけ。そこに悲観などない。そういうもの、という風に達観している。


 そうなんだ、と弱くヴァージニーは返すと、たっぷりと間を置いてから追加で問う。


「会ってみたいとか、そういうのってないの?」


 自分にはわからない環境なわけで。どういう感情を抱くのだろうか。なにか参考になるような、そういうものが得られたら。

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