261話
歯車。そう、言うなれば歯車のようだ、とヴァージニーは今の状況を冷静に観察していた。
「……あんまり体を動かすのは得意じゃなさそうね」
間接照明のみ。姉の自室のベッドで姉妹二人。あれから、より一層ケティは姉にベッタリとくっつくようになってきた。寝る時はもちろん、シャワーを浴びる時も一緒がいいと駄々をこね、狭いバスタブの中で密着して入る。
フランスではお湯を張って浸かるという習慣はあまりない。アパートなどでは使えるお湯の量が決まっているところもあり、いっぱいに入れてしまうと途中から冷水に変わることも。ホテルによっては床が防水できておらず、下に浸水してしまうこともあるため、基本は狭い中で全てを短い時間で終わらせる。
「うん、でもお姉ちゃんも苦手そうだからよかった。そこも嬉しいよ」
姉の胸にうずくまりながらケティは幸せそうに微睡む。いい香り、いい温度、いい声。六割くらいはすでに夢の中。だが、もっと話していたいので頑張って起きている。
ここ最近、色々なことに挑戦してみたせいか、眠気が来るのが早い上に深い。でも楽しいからやめられない。家族みんなでたくさん遊んで。もちろんお父さんもお母さんも好きだが、お姉ちゃんは一番好き。
これを幸せというのかね。色々あるもんだ。友達と遊ぶ幸せ。美味しいものを食べる幸せ。面白い漫画を読む幸せ。水しかあげてない花が綺麗に咲いた時の幸せ。そして、妹と一緒に寝る幸せ。
「……」
だが、ここ最近。少しだけ、少しだけだけど、懸念していることがある。それは——
「寝たか? ……まだ起きていたのか。早く寝かせろ」
開いたドア。明かりが漏れ入る。父親が乱雑な口調で室内の状況確認。「起きていたのか」は、妹について。「早く寝かせろ」は姉に対して。
またか。うんざりとしつつもヴァージニーは寝転がったまま返答。
「しょーがないじゃん、寝ないもんは。私じゃなくてこの子に言って」
妹の頭を撫でる。言葉から守るように。
ケティ・ルカヴァリエにはなにか才能がある。それは家族間では共通のこととなった。それがチェスなのか、ルービックキューブなのか。はたまた、なにか他のものなのか。様々に実験してみて、ひとまずスポーツ系ではなさそう、というところまできた。
知育と聞けば片っ端から試し、脳を刺激する遊戯や玩具などで土台を作りつつ。今のところチェスとキューブしかこれといったものは見つかっていないが、取りこぼさないように目を凝らして。




