257話
進撃する白のナイトはf7へ。◆ルークや◆ポーンといった、自軍の駒に囲まれたキングは端から動けず、さらに相手のナイトをテイクすることもできない。チェックメイト。先手の勝利。
どう、表現したらいいのか。勘の良さを喜んでいいのか、恐ろしさに震えるほうがいいのか。姉と父親は絶句。
「……」
ここで眠気が出てきたケティ。またも欠伸しつつ、目をシパシパとさせながら、なんとしてでも起きているという強い意志を示す。
「面白いね、チェス。奥が深そう」
自軍のキング。重みがある。こいつさえ奪われなければ負けない。そのために決まった道筋をたどるだけ。だがルービックキューブと違い相手がいる。ひと手間必要。自分のやりたいことだけやっていてはダメ。
口元を手で隠しながら、今の対局を思い返すヴァージニー。いや、簡単な誘いに引っかかって守りが手薄になっちゃったけど。それは初心者だから仕方ないじゃん? でもそれは相手も同じなはずで。美しく負けた。
「……いや、マジで?」
父親もあんぐりと口を開けて一部始終の流れを、終わった盤面に乗せて追ってみる。これがこうで、こうして、こうで。つまりは自分は結果だけ見るとこの中で一番弱いわけで。でも一番、歴だけは長いわけで。恥ずかしながら、外から見ててもケティの策は気づけなかった。
「……どうする?」
「どうする……って言われても……どうする?」
目を見合わせアイコンタクト。なんかやばいかも。いや、まぐれじゃない? そんなやりとりをお互いに交わしつつ。
どっと疲れが増してきたことにより、ケティは半分以上夢の中へ。
「……面白いよチェス。あえてポーンとかを捨てて、ビショップとかを動きやすくしたほうが強い時もあるかもね。すごい」
簡単に感想を述べつつ、反省点や見つけた戦術なんかを披露してみる。目が冴えていればもっと色々思いつきそうなのに。
それをギャンビットと言うんだよ、と覚えたばかりの知識が頭の中に駆け巡るヴァージニー。深く息を吸い込む。
「……ルービックキューブとどっちが面白い?」
やっぱり、なんだかこの子は読み書きができない代わりに、なにかを授けられている。間違いないはず。それがどれほどの純度であるかとか、そういうのはわからないけど。少しだけ、胸が痛い。
頬杖を突いてぼーっと考えるケティは、なんだかとても難しい問題のように感じて。
「両方。だけど、あっちはひとりでできる楽しさ。こっちは二人いないとできない楽しさ。楽しさの質が違うかな」
今、やるならルービックキューブ。それも『三×三×三』のほう。短時間でやれるほどいい。




