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255話

 その視線に気づいたケティは、なんだか恥ずかしくて言い訳のように弁明してしまう。


「なんかこっちのほうが覚えやすい、かも。わかんないけど」


 脳に刺激があるのかな? 詳しいことは不明。だけどなんだかそうなんだもの。そういう人だっているよ、他にもきっと。


 不思議に思いつつも、ヴァージニーはそこでようやくひと息ついてイスの背もたれに寄りかかる。冷めたコーヒー。苦味が増している気がする。


「ま、やりたいようにやんなさいな」


 なにが不思議かって、わかりやすい絵柄もついているのに、そんなに読み込むほどかということ。目からビームでも出て、説明書を熱視線で焼き切る、みたいな。それくらい強い眼差し。こういうのはやって覚えるものなんだから。


 そして合計で五回ほどルービックキューブが完成したところで、ケティは世界大会のように手を置いた。


「だいたいわかった。やる」


 そして思考はチェスへ。少々無理やり父親と席を取り替えて準備完了。やる気を隠すことなく、目を輝かせて前のめりに。


 その圧に押され気味のヴァージニーは、父親と目を合わせるが「やってあげて」という風に感じ取ったため、駒を並べ始める。


「いいよ。じゃあ先手あげる」


 自分は黒。普通は両手にそれぞれ色の違うポーンを持ち、相手が当てたほう、というのが主流だが、この際そんなことはどうでもいい。やりたいようにやらせる。


 するとケティの初手。グッと鷲掴みにしたe2のポーンを二マス進める。そして顎に手を当てて考えるポーズ。


「……」


 さてどうくるか、と睨んでいた父親だが、少々驚きつつもその手には満足。


「おっ、ポーンをe4からか。センスあるかもな」


 チェスではプロでもd4かe4を最初に動かすことが多い。ここから始めることが一番勝率が高いとのこと。あえて奇を衒った手もあるが、なんだか安心した。やっぱりうちの子は真っ直ぐないい子達、ということを暗示しているようで。


 勉強を始めたばかりのヴァージニーとしてもありがたい。よくわからないオープニングを持ってこられても困る。勘のいい妹でよかった。やっと姉の威厳を示そう。


「こっから色々展開してくのよ。見てなさいよー」


 ◆ポーンe5。目の前でポーン同士が睨み合う。が、ポーンは真っ直ぐは進むことはできても駒を取ることはできない。最初は二マス進める。でも相手の駒があったらダメ。他にはアンパッサン、プロモーションというルールも。ポーンは一番価値が低いのに複雑だ。

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