248話
ボソボソと小さな声の妹。目だけは真っ直ぐに。
「あんまり大きい数はちょっとわかんないけど、計算の仕方はわかる気がする。いくつ?」
電卓とか、そういったものも使えない。打ち込んだ数字が読めないから。八とか二とか、そういったものも指で数えないとわからない。曖昧でふんわりとした思考。
ヴァージニーの瞬きが増える。呼吸も忘れる。だが今、求められているのは代わりに計算すること。
「……ごめん、もう一回言って……」
なぜだろう、緊張する。携帯の電卓機能。舐めた指先の震えに気づく。
無意識に指を折り、なおかつ頭の中でルービックキューブを回転させながら再計算。妹は確信を持ち、先ほどよりも語気を強めて。
「一から八まで、一から一二まで。三を七回。二を一一回かける。で、それを半分」
持っているやつみたいに、色がついているだけで無地のキューブならこれでいいはず。もし模様とか入っているタイプならまた違うけど。
荒い呼吸でトン、トン、と画面をタップしながらヴァージニーは計算を進める。唇を噛んだりと落ち着かない。何度も打ち間違いはないか確認しながら。出した答え。
「……四・三二五二〇〇三e +一九……」
桁が多すぎて画面では省略されているが、読み取れるのは四三二五京二〇〇三兆。おそらくここまでできたら億とか万の単位も合っているのだろう。こういう計算式だったのか、と今更ながら知る。こういう、と言ってもよくわかっていない。
「合ってる?」
とは思うけど。落ち着きのない様子で妹が首を傾げる。
うん、と褒めつつもヴァージニーの内心は雷に打たれたような衝撃に見舞われる。
「……マジで?」
今なにが起きているんだろう? どういうこと? この子はどうしちゃった?
胸を撫で下ろして安堵する妹。緊張、していた。
「よかった。でも書いたり読んだりはできないから。頼っちゃってごめんね」
「……いや、いいんだよ、ケティ……」
名前を呼んで、髪を撫でた。同時に、なにか『特別なもの』に触れた気がした。
勘違い、するにはあまりにも具体的すぎる組み立て方。階乗とか。もしかしたら、映画『マーキュリー・ライジング』のサイモンのように、なにか秀でたものがあるのかも。もしくはサヴァン症候群。計算能力や記憶力とか。
と、あまりにも突飛すぎることを考えたところで、いや、父親が同じことを教えていたのかも、という案が浮上した。うん、そうに違いない。逆によくもまぁ、計算式を覚えたものだ。紙に書いても覚えられないから、言葉だけで覚えたのだろう。計算してたりしてたっぽいのも、たぶんなにかのおまじない、的な。
「なにか変、かな」
今度は自信なさそうにケティが問う。やっぱり文字が読めたり書けたり。そういう妹のほうがよかったよね、ごめん。そんな後ろ向きな精神。
この子はこの子なりに、頑張ってる。モヤっとした気持ちが吹っ切れてきたヴァージニー。今度は強くグシャグシャっと妹の髪を掻きむしり、そして抱きしめる。
「いーや。大好き」
なんだかより一層、家族の絆を感じた。もしかしたら、ケティは本当に記憶とか計算とか、なにか特殊なものを持っているかもしれない。とはいえ、それが世界が驚愕するような、そんなものではないかもだけど。それでも。
まだ途中のルービックキューブ。それを指差してケティは興味津々。
「それで、これってどうやって揃えるの?」
そこはちょっとわかんない。でもやってみたい。だから教えてほしい。おやつをもらえる寸前の子犬のように呼吸が荒くなる。
屈託なく笑顔を見せると、ヴァージニーはキューブを再開する。途中、どこまでやったっけ。確認しつつ。
「うんと、それはね——」




