242話
ヴァージニー・ルカヴァリエの元々の夢は、医者や弁護士、研究者といった堅い職業、という風になっている。なっている、というのは、彼女の親がそう期待していただけで、実際には本人にはなにも響いていなかった。だから『なっている』だけ。
安定した職業を目指したいという考えもなかった。それよりもフローリストやパティシエなど、好きなものに囲まれて生きていたいという願望のほうが強かった。そもそも安定した職業なんてこの世にはないだろう。どんなものも一瞬でクビを切られるのだから。
花やスイーツも好きではあるが、好きというよりも常にそばにあるようなものだから目指したのかもしれない。フランスといえば、というランキングには上位に入ってくるだろうそれら。サッカー選手とかもそうだけど、運動するよりも芸術的な感性を伸ばしたい気持ちのほうがあった。
だから、親の期待なんて背負うのは荷が重かった。もっと軽々とした装備が自分には合っている。
「無理をしないように。だけど無理だと決めつけないように」
途中からそんな風に両親は育てていくことを決めていた。特に子供の頃なんて可能性は無限なんだから。できるだけやりたいことをやりたいように。お金に糸目はつけない。ほんの少しだけ他の子よりも早く教育を始めてみた。
もしスポーツの道に進んだら、という時のために利き手とは逆で操作させてみたり。宇宙関係に興味を持った時のためにそこそこ値段のする望遠鏡を買ってみたり。ヴァージニーの前に広がる道を両親は均していく。
「四三二五京二〇〇三兆二七四四億八九八五万六千。なんの数字だかわかる?」
一生に出会うこともなさそうな数字。それを不意に父親が口にした。軽めの朝食の場。無駄に長い木製のテーブルにはランナーが敷かれ、今のところは誰も手をつけないバゲット。テレビからはニュースが流れている。外は快晴。なにかを始めるにはいい日だ。
蜂蜜をたっぷりと塗ったトーストを齧りながら、ヴァージニーはその圧倒的な数字を持つものを適当に思い浮かべてみた。
「……宇宙にある星の数、とか?」
いや、もっとある……か? ない、のかも。わからないけど、もしそうだとしたらどうやって計測したんだって話。どうせおおよその数字だろうけど。
満足のいく答え、というわけではないが父親は朗らかに笑んでいる。
「いや、もっと小さい。宇宙、といえば宇宙に近いのかもしれないけど」
歯切れの悪いヒント。しかし言われてみたら、宇宙の星の数って何個あるのだろう。彼自身も気になってきた。あとで検索してみようか。載ってないだろうなぁ。




