241話
あーあ、と強奪された事実に女性は不貞腐れつつ、ゴロンと横に転がる。
「あの子から聞いたけど、二人いるんでしょ? 半々で分ける? どっちでもいいよ」
そして提案。あの子、グウェンドリン・グラシエット。ちょっと謎が多くてそそる可愛い子。聞いた話だと、ドイツ産の美味しそうな果実があると。
一糸纏わぬ姿で立ち上がり、テーブルの灰皿で火を消すドゥ・ファン。そしてレースカーテンのかかった窓に近づくと、それを開けた。
「分けない。そう言われるとどちらも私が貰いたくなるな。横取りされるのは嫌いだと言っている」
片方はグウェンドリンにも男なのか女なのかわからない、という標的。面白い。どっちでも楽しめそう。
しかしだからこそ女性は意地の悪い質問をしたわけで。
「横取りするのが私は好き。もし私が彼女達にうつつを抜かすようになったら、キミは泣いてくれるかい?」
そうして立ち上がって後ろから抱きついてみる。少し自分より大きな体。淫らで。淡くて。この世で一番美しい。こうするために自分は生まれてきたのか、と考えてしまうほどに。
「泣かないだろうな。次を見つけるだけだ」
窓の外。月が出ている。雨が止んで、雲も晴れた。どこかドゥ・ファンの心も清々しい。来る者拒まず。去る者追わず。この国にはいくらでもそういうヤツはいるから。困ることなどない。
そのうなじのあたりにキスをしながら、軽く女性は犬歯を突き立てた。本気でやれば血も吸える。
「泣いてほしいね。泣く女はいい女だ。だからピカソも絵のモチーフにして、百点以上も描いたんだ。描くためにたくさんの愛人を抱えていたとも言われている。ま、今となってはどうだかわかんないけどね」
だから彼の絵には共感できる部分が多いのかもしれない。感性が似ているんだ、と巨匠とのシンクロを嬉しがる。好きな人ほど泣かせたい。泣いて喘ぐ姿が見たい。
それでも冷めた流し目でドゥ・ファンは背後に振り向く。
「で、なにが言いたい? 本心はなんだ?」
右手はドゥ・ファンの唇を。左手はタトゥーに爪を立て。女性は流れ出た血液を嘗めとる。
「もう待つのには飽きたってことだよ」
雑音が。頭の中でガチャガチャと。鳴り響く。




