239話
「思うんだけどさぁ……」
室内に灯りはない。必要がないから。なかったから。暗闇である程度は目が慣れていた、というのはあるものの、よくその表情を見ておけばよかったな、なんて後悔をしつつ。女性はベッドに横たわったまま、隣に同様に寝転ぶ女性に唐突に話を始めた。お互いにしっとりと汗ばんだ肌を曝け出して。
「……聞かなきゃダメか?」
間接的に「面倒だな」ということを伝えているわけだが、そのもうひとりのアジア風の風貌の美女、ドゥ・ファンは同様に「こうなったらどうせ話すだろう」と諦めの境地で会話を受け入れることにした。
通じ合っている部分があることはお互いに認めているところ。肯定は肯定。無言も肯定。否定も場合によっては肯定。そんな間柄。
なので「ダメか?」と聞かれたが、それは「いいよ」というニュアンスに近い。臆することなく女性は吐露する。
「甘いお菓子を食べたら夕飯が食べられなくなるってわかってるのに、どうしようもなく食べちゃう時ってあるよね」
「あるかもな」
一体なんの話だろう? ということを聞き返すつもりはドゥ・ファンにはない。「あるよね?」と聞かれたからイエスかノー。それだけ。話を派生させたらこいつは喋りが終わらないから。だから簡潔こそがベスト。
うーん、と自分がたった今話した内容を女性は精査する。夕方くらいにお腹が空いた時に、オヤツのつもりなんだけど、明らかにそれを超える重量のスイーツとかを食べちゃうあの感覚。
「あれってなんなんだと思う?」
それはなにについて聞いているのだろう。名前か? その時の適切な対処法か? それとも他のなにかか? イエスかノーでは答えられないのがきた。なのでドゥ・ファンは逆に聞き返す。
「その質問がなんなんだ?」
固有名詞がついているのだろうか。ついているならなんなのだろうか。調べようにもなんと検索したらいい。そもそもそんなに気になるか?
だが、マイペースに女性はより細かく、深くその答えの出ない問いについて考えてみる。
「キミっていうメインディッシュがあるのに、その前に蜂蜜たっぷりのパンケーキが食べたくて仕方なくなる。ダメだってわかってるのに食べたいっていう気持ちはどこから湧いてくる?」
それもバケツいっぱいの蜂蜜。上からかけるか、チーズフォンデュみたいにするか。もう食べることは決まっている。問題は食べ方。なんならマティーニでも飲みながら。
「……」
ドゥ・ファンにはこの女性の偏食家っぷりはわかっている。どうせシャープなカクテルとでも合わせていただこうとでも考えを巡らせているのだろう。考えただけで吐き気がする。




