234話
「力量?」
不思議なことを言う。ただただ対局するだけじゃなく、なにかと比べられていたという感覚に、シシーも目つきが鋭くなる。
そこでひと息。冷め始めたコーヒーを一気に飲み干したグウェンドリンは、もう一杯おかわりを店員に。注文し終えるとテーブルに頬杖をついて一度、負けた相手の全身を視界に収める。
「あなたはあなたが思っている以上に危険な位置にいるということ。『毒蜂』を名乗るに相応しいか。勝手にテストさせてもらいました」
そう言われ、ひとつの仮定を浮かべつつもシシーは問い返す。
「名乗る? 勝手に俺がそう名乗っているだけだ。相応しいもなにもないだろう」
名前も元々使っていた名前に『毒』を足しただけ。深い意味もほとんどない。
だが。届いたコーヒーにミルクも砂糖も入れず、苦いまま口にしたグウェンドリンは、意味深な単語を発する。
「……アベイユ・ヴニムーズ」
そしてもうひと口。やっぱり苦い。苦くて。心臓が跳ねる。
その言葉の意味。仮定していたもの。合致したシシーは答え合わせ。
「……なるほどね。フランスにもいるんだね。『毒蜂』が」
うんうん、と大きく楽しそうに頷く。アベイユ・ヴニムーズ。直訳すると『毒蜂』。ギフトビーネと同じ意味。手にしたコーヒーカップが揺れる。
流石に彼女にヒントを与えすぎたか、とグウェンドリンは反省。ひとつあれば、チェスの戦局のように枝分かれした様々な真実にたどり着く。
「そういうことです。ですが、正確には毒蜂は何人いるのかわかっていないんです。ただひとつ言えるのは——」
「言えるのは?」
話を引き出すたびに高揚感が湧き上がってくるのをシシーは感じる。やはり。来てよかった。このパリに。
自身の知っている情報。それをグウェンドリンは期待に応えるように明らかにする。
「毒蜂というのは、裏世界のチェスプレーヤー、つまり『真剣師』の最強を決める暗号だということ。あなたははからずも名乗ってしまった。ま、強いヤツと戦えるってこと以外にメリットはないんですけどね」
偶然とは怖い。偶然? 本当に? 運命に選ばれたように思えてならない。今、こっち側で注目を集めるギフトビーネという名前。名は、名乗るに相応しい人物に与えられる。
だがそんなことはシシーには知る由もなかったわけで。今はまだ、ただのチェスプレーヤーに過ぎない。
「初耳だね。世界に何人いるかわからない、賭博に傾倒したチェスプレーヤー『真剣師』。だがもはや金ではなく、プロとは違う生き物として認識されているわけだ。俺のように、ただ緊張感を追い求めるような、狂ったヤツらが」
嬉しいね、と拒むつもりはない。ちょうどよかった。退屈していたのだから。




