表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
233/335

233話

 いつもの当たり前の光景。オープニングの中でもよく見る部類。やはりシシーにはこの六四マスの宇宙に没入する瞬間が好きだ。一度辞めるチャンスはあったが、結局それを逃したらチェスの持つ熱量に縛られ続けている。


「余計な言葉はいらないね。◇ナイトf3」


 シシリアンディフェンスは激しい攻防になる。望むところ、と見えない盤上を睨んだシシーは早い段階から打ち合いを覚悟する。


 会話は駒が行う。ひとつ動かすだけで相手に伝わるもの。一手ごとにグウェンドリンも感じ取る。


「ですね。◆ポーンe6」


 すでに交戦的。『私は激しい性格です』なんて宣言されるよりも、よっぽど知ることができる。まだまだ定跡の範囲内。チェスは序盤は交渉。シシーも例に漏れず。


「クイーンとビショップを空けるルートを選んだか。◇ポーンd4」


 この動かし方はつまり『お互いにポーンを交換しましょうか』という合図。乗るか。それとも独自の路線を進むか。


 ふふ、と吹き出しそうな口元を覆い、グウェンドリンは展開していく。


「◆ポーンd4」


「◇ナイトd4」


 その後、お互いのことを知り合うように、仕掛け合い、潰し合い、語り合う。一時間の会話より、真剣師には一局の対局。序盤、中盤、終盤と進むにつれて、複雑さを増していく中、目からの情報を抜きにして探り合う。


 三つの対局を脳内で完成させることができるシシー。マクシミリアン戦ではそんな離れ業をやってのけながらも、しっかりと違った戦法を、世界を知る相手にぶつける。より深く潜る感覚。ポーンが。ナイトが。ビショップが。自分の意思で動くかのような。


「……いや、完敗です。私じゃ相手にならない。降参、降参。これなら百ユーロ取られてもしゃーないです」


 財布から札を取り出すグウェンドリン。真剣師同士の対局。もし相手がいらないと言ってきてもポケットにねじ込む予定。


 テーブルに置かれた百ユーロ。それを見ながらシシーは軽く感想戦に入る。


「そんなことはない。◆ルークc8からのオープンファイル。あれは非常に嫌な一手だった。グウェンドリンさんこそ、並の指し手ではないね」


 ルークを自由にさせると好きに荒らされてしまう。紙一重だったと強調。


 しかしその紙が相当に分厚い物だということは、対局したグウェンドリンが一番わかっている。誘われ。結局はルークとナイトとポーンに押し込まれた形でリザイン。弁論の余地もない負け。


「そんなことは。でも力量は見せていただきました」


 それでも収穫はある。力感もなく、するりと自然に負けた。場を完全に支配されていたということ。非常に高い実力。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ