231話
だが、さらに二の矢をシシーは準備済み。その後すでに仕掛けていた。
「それ以外にも。俺が『紅茶の女王』と伝えた時に、キミはあえてそちらを避けて先にガトーショコラを食した。チェスにおいて最序盤にクイーンを動かす者は素人。長年の歴史がそう言っている。先にカップを手にしたにも関わらず。キミは無意識にそれを避けた」
偶然にもそういう注文をしていた。だが結果的に炙り出すような形に。運がいい。
弱々しくもグウェンドリンは再度否定。
「……気のせいじゃ——」
「そう。気のせいかもしれない。だから聞きたい。もし知っているなら。中盤でのクイーン・サクリファイス。どう思う?」
知らないならそれはそれで。忘れてくれ。そうシシーは言い切った。
問い詰められると「違う」と言いたくなるグウェンドリンではあるが。一歩引かれると、本当のことを言わないと後味が悪くなりそうで。
「……」
「コーヒーが美味しいね。俺も結構、味にはうるさいほうだと自覚しているんだよ」
シシーはマイペースに味わう。心穏やか。相手の心境とは正反対。
そのハートの強さ。最後まで悩んでいたグウェンドリンではあったが。
「……ま、普通はそんなに煮詰める局面じゃないかな、とは」
観念した。その心理まで見破られているような気がして。
まずはシシーが一枚上手。昨日から欲求不満。ならやることはひとつ。
「少し並べてみようか」
お手並み拝見。何気にフランス人と対局できるのを楽しみにしていた。盤も駒も手元にはないし借りるのも面倒。脳内で。
一瞬、言葉の意味にポカン、とフリーズするグウェンドリン。
「……いやいやいや、どういう状況ッ!?」
カフェのまったりとした時間を楽しみにきたのに? なんでこんなことに?
しかしシシーにとってはこれこそがまったりとした時間。まったりと。研究。
「言っただろ? チェスに関して議論がしたいんだ。それとも」
反応を窺うように少し間を取る。
「……」
その間がじれったく感じたグウェンドリンは、唇を舐める。まるで尋問でもされているかのような圧力さえも感じる。
だが、フランスにいる期間は一週間しかないシシーからすれば、彼女がどうとかよりも、もっと実りのある時間にしたいだけ。
「危険な賭場を知っている、のかな? だったら教えてほしいね」
まだ全く遊べていない現状。強い相手ならば。誰でも。
何度も瞬きをして、現状をリセットするグウェンドリン。ドイツからきた優等生に場も人も支配されている。
「……随分と学校内と印象が変わるんですね」
みんなに優しく。丁寧で。カッコよくて。今もそれは変わらないが、プラスして獣のような飢え。これはこれで魅力的。




