230話
その内容をシシーは明らかにする。
「この前話した時に感じた違和感。気のせいかと思ったが、キミは二つミスを犯した。いや、仕方ない、と言うべきか」
決めつけられている。グウェンドリンとしては否定したいところ。
「……どういう——」
「キミはチェスを嗜んでいる。違うかい?」
だが、間髪入れずにシシーが断言。言葉は強いが雰囲気は柔らかい。
それでもグウェンドリンからしたら、勝手に決めつけられるようなもの。黙って見過ごせない。
「なぜそう思うんでしょうか」
いきなり決めつけられて。悪い気がすることではないが、そのまま話を続けられるのも心地悪い。
問われたシシーは単語をひとつ。
「ヒドラ」
「?」
突然、投げられた言葉にグウェンドリンは目を丸くする。ヒドラ? ヒドラが……なに?
まるで深淵のように暗いコーヒーを覗き込みながら、シシーは回想する。
「俺はキミの行動に対して『ヒドラのようだ』と言っただろう? 普通なら『なんですかそれ?』とか、もし神話上の生き物を知っていたら『あんな怖い生き物じゃありません』とか、そんな返事が返ってくるはずだ。でもキミはなんて言った?」
覚えにない。たしかにそんな話の流れになった気はするが、喋ることに夢中だったグウェンドリンの脳裏には記憶がない。
「なんと……言いました……っけ?」
出てこないので聞いてみる。本当に覚えていない。
ふふ、とシシーは微笑。
「『終わらない』と言った。妙じゃないか? ヒドラが終わる? 普通に考えたらよくわからないことだが。チェスプレーヤーにしかわからない、とあることに繋がる」
「……」
そこまで言われて、少し旗色が悪くなったことをグウェンドリンは察した。その先の言葉を待つ。
知っているだろう? と、勝ちを確信したような顔つきでシシーは相手を覗き込んだ。
「UAEでかつて世界最強を目指して作られたチェスマシーン『ヒドラ』。世界王者を超える強さを目指していたが、二〇〇九年にそのプロジェクトは中止された。『終わって』しまったんだよ」
ヒドラ、と言われてチェスプレーヤーならまずこれが思い浮かぶ。日の目を見ることもなく終了した電脳。膨大な開発費が泡沫と消えた。
深呼吸。深呼吸で落ち着こう。たっぷりと間を置いたグウェンドリンは、まだ残された道を手探る。
「……言い間違い、そう、たぶんそうだと思います。よく聞こえなかったとか」
きっと。誰にでもある間違い。気にしない気にしない。




