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225話

「それよりも」


 強い語調でシシーが話題を断ち切る。勝敗よりも。大事なものがある。目の前の男。


 勢いよく振り向いた男は「ん?」と一歩近づく。


「やっと興味持ってくれた? 俺に」


 長い道のり。しっかりとお互いを認め合って会話できることを男は喜ぶ。


 もう先ほどの勝負も。サーシャが自分に向かって手を振っていることも。湧き上がる観衆も。シシーにはどうでもいい。


「あぁ。強ければなんでもいい。やろうか」


 そのために来たのだから。大物が釣れたようで神に感謝する。マスターことマティアス・トラップよりも強い。ならどうする? バチバチにやり合うしかないだろう。


 しかし自身から接近してきたというのに、男はそれをヒラリと躱す。


「やりたいのは山々なんだけどね。俺がここにいるのがバレると色々とまずいもんで。有名人てのは肩身が狭いのよ」


 違法性のあるカジノに出入りしている。それだけでも少し協会から怒られそう。


 ベットを吊り上げておいて降りる。マナーとしては最悪。だが、それだけ価値のある地位にいる男だとはシシーは理解できた。


「逃げる……わけではないな。お前は俺を相手しても勝てる自信がある。グランドマスターか?」


 世界最高のプレイヤー、グランドマスター。そのうちのひとりであれば、この余裕も納得がいく。だが。それだけではない『なにか』をシシーは感じ取っていた。


 もっと噛みついてくるイメージを持っていたが、冷静さも兼ね揃えている。その判断力はチェスでは大事、と男は肯定する。


「自分の実力が見えている。そういうとこも好きだよ。グランドマスター、っちゃあグランドマスターなんだけどね」


 まるでグランドマスターでさえも。踏み越えてその先にいるような。すでに涎を垂らしていても仕方がないほどにおあずけをくらっているシシー。より空腹を覚える。


「……その上か?」


 こんなところに。なぜ? そんなことはどうでもいい。いる。その事実があればなんでも。


 立ち上がり、男は服を整える。エレガントに。美しく。立つ鳥跡を濁さず。


「スタニスラフ・クドリャショフ。あとで検索してみなよ。いずれキミとは相応しい場所で」


 そう残し、さっさと消えてしまう。会話だけが目的だったように。本当は彼もこの場で指したかったが、二人だけの秘密の場所で。そこでなら。


「……」


 静かにその背中をシシーは見送る。引き止めて対局するように無理やり持ち掛けてもいい。だが、なぜかヤツとは。ここではない、そんな気がして。スタニスラフ・クドリャショフ。その名前だけ。覚えていればいい。

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