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224話

 だが。それすらも犠牲にすることで、結果的に味方の駒が邪魔となってしまい、キングが最下部において決められるメイト『バックランクメイト』に。リベレの敗北が決まる。それに気づいたリベレがクイーンを逃し、バックランクメイトを防ごうとするが、時すでに遅し。


 たしかにチェックメイトは逃れた。が、ルークを全て失い、クイーンは固定され。序盤のキャスリングによって守りを固めた◇キングを、◆ビショップ二枚とポーンだけで攻略など、このレベルでは不可能に近い。全てを悟ったダヴィドは、頭を抱えて策を巡らせるが。


 全く同じことを思いついていた。ここでシシーは男を認めざるを得ない。


「……強いな」


 たった一手。チェスはたった一手で世界が変わる。互角、むしろ微不利からの一瞬の出来事。それをおそらくこいつは、自分より先に気づいた。ドクン、と心臓が喜びを表現する。


 しかし。先ほどとは逆に落胆気味に男は歪んだ表情。不満を吐露する。


「ていうかさ。チェスやってて俺のこと知らないって。ま、いっか。それにしても、あの丸罰ちゃんは意地が悪い。序盤はあんなに綺麗な駒組みしておいて。相手、その負け方では辞めちゃうかもね」


 攻め手がない、ということは勝てない。ならばドローを狙うしかないが、相手は充分に戦力を残しているため、ドローも不可能。つまりリザインするか、もしくは——


「……時間切れ勝ち。ここから先は真綿で首を絞めるように。あいつがジワジワと戦況を有利に持っていくだろう」


 リザインしないとすれば。ここから先は目を覆いたくなるような惨状。ただ負けるためだけに駒を動かす。中継されたままの公開処刑。途中までダヴィドは指すが、完全に心が折れ、キングを倒す。そして震える手で握手。負けを認める。


 ひとことふたこと、会話を交わす二人。静けさに包まれる。


 数秒ののち。そこへ観客の感情もやっとのことで追いつく。徐々に咆哮にも似た歓声。賭けに勝った者、負けた者。そこに対戦した二人への感謝も込めて、盛大に拍手を送る。


 負けてうなだれるダヴィド。脳が焼き切れるほどに読み続け、天井を仰ぐサーシャ。疲れがどっと押し寄せる。が、いい疲れ。また経験したいと思えるような。


 うっへ、と負けた側に同情しつつも、男はどこか楽しそうに身を乗り出す。


「怖いね、今の若い子は」


 大舞台で。力の差を教える勝ち方。結果的にそうなってしまっただけだが、性格が悪いほうが勝つのがこのゲーム。正しい。非常に。末恐ろしい。

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