222話
勝敗は決した。◆ルークe8。一見、クイーンをテイクできる状況でリベレ有利に見える。だがしかし、サーシャが見ているのはその先。ルールに則って勝てればいい。二人は見えている局面が違う。手順は全てわかる。シシーはソファーに寄りかかった。
サーシャも間違えることはないだろう。駒の動かし方でわかる。最初からそれが狙いだった。まさにAIに近い考え方。しっかりと力をつけている。面白い。
ふと。
「もう、キミにはエンドゲームまで見えていそうだね」
そう声をかけてきた男の手にはグラス。スレッジハンマー。ガツン、とくる衝撃のカクテル。そのまま許可をとることもなく隣に座る。英語を話す。フランス語は話せない模様。
横目でチラッとシシーは確認。正装であるスーツ。というか服装はなんでもいいとはいえ、自分とサーシャ以外は大体ジャケットなど、カッチリと決めている。場違いなのは自分達。まぁ、こういう軽い男もいるだろう。同様に英語で返す。
「なぜそう思う?」
声に出していたわけでもない。ただ、脱力しただけ。それだけでそう捉えた? 観戦に疲れただけ、というのは考慮に入れていない?
クイッ、とグラスを傾けて男は飲み干す。瞬間、ハンマーで殴られたような衝撃。目が一気に覚める。
「なんとなく。強い人は俺、わかるんだよね。キミ。強いでしょ」
なぜか一歩、近づく。人ひとりぶん程度の距離。グイグイと迫ってくる。
関わり合いたくない人種。あからさまに嫌な顔をしてシシーは遠ざける。
「人違いでは? ただ観戦しているだけ。話し相手なら他を選んでもらって——」
「キミ。ギフトビーネだろ? ファンなんだ。話してもいい?」
確信を持って。目の前の女性を男は『毒蜂』だと断定した。余裕のある笑み付き。あれが『ティック・タック・トゥー』であるならば。その仲間である彼女である可能性は高い。
しかし心拍数そのままでシシーはあっさりと否定する。
「やはり人違いだ。俺はただ観戦しているだけのチェス好きだ」
ルールならわかる程度。オープニングとか色々あるんでしょ? そのくらい。毒蜂、なんて毒々しい名前で呼ばれて少し立腹。
さらに半歩、男は近づく。背後のバーテンダーが少し、ピリつく。なにか揉め事になりそうであれば、スタッフを呼んで男を取り囲む予定。
だが、視線をモニターに向けた男は、同様にソファーに深く沈む。やはり。確認は今取れた。
「間違えるワケがないね。言っただろ? 強いヤツはわかるって。隠しても無駄だ。キミはギフトビーネ。ドイツ国内のトーナメントで三回戦進出してる」
まさかこんなところで会えるとは。男の頭の中で陽気な音楽が鳴り響く。ミシェル・カミロ『ノット・イェット』。これが鳴る時は、本物に出会えた証拠。




