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22話

「まだまだ。オープニングはたくさんあるよ。全部調べてくる時間はないよね」


 特にこのポンチアニオープニングはマイナー中のマイナーと言っていいだろう。そして急戦のブリッツ。定跡から外れた指し方でミスが出ない方がおかしい。調べようにも棋譜すらほとんどないような代物なのだ。


 だがしかし、またもやお互いに攻め手に欠き、五〇手を迎える。


「……ドローだ。勝つ気ある?」


 老人に苛立ちが見え始める。対照的にシシーは澄ました顔で受け流す。


「勝つ気しかない。次だ」


 三局連続でドローとなり、さすがに老人もなにが起きているのかわからなくなる。チェスは引き分けが多いゲームというのはよく知っている。しかし、あれだけ強く煽っておきながら、全くシシーから勝ち気を感じないのだ。


 もちろん、自分がそうならないよう、攻めつつも守りに集中を切らさず、手堅い手を指しているというのもあるだろう。実際、少し隙を見せた時には攻めに転じてきた。しかし、自分の陣形がある程度戻ってくると、無理せずにすぐに離れる。間合いの外からジャブだけ打たれているようで、なんとも気持ち悪い。


 その後も、一進一退に見える攻防が続き、終わりが見えない。何度もドローが続く。


 老人も、さすがに怪しさしか感じなくなってきている。


(なにが目的なんだ? もう一〇局はドローになってる。連続で続いたら後手の勝ち、なんてルールはないぞ)


 考えても仕方ない。老人はなんとか隙を見つけて勝ちに行く。より盤上に集中してルートを開拓する。


「バードオープニング。ならこっちはフロムギャンビットだ。さてどうする」


 通算一四回目のドロー。とっくにぬるくなったビールを一気に飲み干した。美味くはない。


 深く、老人はイスに腰掛けた。


「……ふぅ、疲れるね。くたくただよ。こう何度もドローが続いていったら、僕なんかもう歳だからーー」


 と、自分で言ったところで、はっ、と気づく。もし自分にわかりやすく体力ゲージのようなものが表示できるなら、今の体力は最大から数えて二割を切っているだろう。ポーンを持つ手も震えてきた。それもそうだろう。思考の格闘戦とも呼ばれるチェス。対局には相当のカロリーを消費する。プロ同士ならば、対局後に痩せることもある。


「……もしかして」


 俯いたままのシシーの顔を覗き込むと、氷のように冷たい目線が向けられた。まるで虫でも殺すかのように、無感情に。


 表情と同じように、感情のない声でシシーは言い放つ。


「やっと気づいたか。オレは全てドローしか狙っていない。正確には、ドローになるように適度に攻めて、適度に守っている」


「な、なんで!?」


 初めて老人が感情を表に出し、テーブルを叩きつけて立ち上がった。血糖値が一気に上がり、立ちくらみがするが、歯を食いしばってシシーを睨みつける。


「なんで? なに言ってんだ? 勝つためだろ。それ以外に理由なんかあるか」


 声のトーンは変わらず、シシーは冷徹に事実のみを告げる。それ以外に理由などない。


「……僕の体力切れを待ってるのか……!」


 この対局は非公式だ。誰かの議論が挟む余地もない。ならば、勝敗は彼らしか決められない。定められたルールもなにもかも彼ら次第だ。世界基準と共通するのは『どちらかが負けを認めた時』に勝敗が決まること。

続きが気になった方は、もしよければ、ブックマークとコメントをしていただけると、作者は喜んで小躍りします(しない時もあります)。

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