214話
うんうん、とサーシャは内容を飲み込んだ。強気なのはお互い様。
「出ていれば勝てた、ってことでいい? 相手の強さも知らないのに?」
相手が世界チャンピオンだったかもよ? そんな挑発を隙間に入れる。
眉間に力を入れてリベレは力説。
「当然だ。医者は治療するだけではない。壊し方、壊れ方も知っている。チェスも。そこを突いていくだけ」
ただのゴリ押し、パワーだけではない。チェスの構造、それを理解して相手の弱点を見抜く。集中力。その目に関しては負けない。神経すら繋ぐことができる医師ならば。
ははっ、とつい声に出してサーシャは吹き出す。厳かな雰囲気の中二階。バーテンダーや他のしっとりとした空気感を楽しむ客の視線を集める。
「ごめんごめん。怖いことを言うね。だけど断言できるよ。キミは僕にもギフトビーネにも勝てない」
言いたいことも。その理論もわからなくもない。だけど弱点がひとつ。僕とシシーにあってキミにないもの。
舌で口内を弄り、不満を表現するリベレ。是非ともご教授願いたい。
「ほぅ。その理由は?」
簡単な話。もしサーシャが医師だったとして。緊急のオペが入ったとする。でも。
「他人の命を優先するような人間じゃ、僕達には勝てないよ。彼女も僕も、キミの立場なら捨てて仕合に出ている」
他のことなんてどうでもいい、命も。関係ないでしょ? と今日一番の笑顔。
理解も早い。度胸もある。おそらく自分がこの子くらいの年齢の時、この子とチェスで勝負していたら、歯が立っていないだろう。それでも、やはり子供は子供。勝負は今。
「……これ以上話しても無駄か。始めるぞ」
立ち上がり、グラスをバーに返却するリベレ。心は穏やか。安い挑発には乗らない。子供なのだから、相手は。
より自堕落にソファーに寝込むサーシャ。気乗りはするけどしない。曖昧な感覚。
「どうやって? ここはカジノみたいなものでしょ? どうやって——」
「あれを見ろ」
すでに手配は運営に伝えてあったリベレが、下層階の大型モニターを指差す。その付近にはテーブルとイスが運び込まれ、チェス盤も確認できる。さらにはカメラが盤面をモニターに映し出し、そちらに視線を向けている客も出始めた。
サーシャが口笛を鳴らす。
「わーお。ここでは賭けの対象としてのチェス、ってわけね。面白い。いいよ」
皆の注目を集めて。その勝ち負けを決める。そのままギャンブルを楽しむ人はそちらをやればいい。疲れて休みたい人は、チェスの勝敗にでも賭けて見て楽しむ。なにも賭けずに観るもよし。一種のレクリエーション。




