210話
喜んでくれて嬉しいが、ほんの少しだけ不安があるサーシャは、小声でポツリとこぼす。
「そんなものかね」
車の路上駐車で溢れる通り。パリでは、モール内などでもない限り、基本的に店舗というものは一階にしか出店することができない。それより上は住居や事務所となり、営業できる業種も決まっている。
隣はスーパー。反対側はテラス付きのカフェ。その間に挟まれた細長い建物の一階にそれは存在した。
「ここか」
小さく『パリ ゲーミングクラブ』と表記されている看板のみ。よく磨かれたガラスだが、店内を窺うことはできない。建物の前では黒人の男性が立って受付。役割は年齢確認やパスポートの提示など。場違いな者はここで排除される。が。
「これで酒でも飲んでくれ」
違法であれば全て金で解決できる。明らかに入場料よりも多く包んでシシーが渡すと、丁寧に扉を開けてくれる。
「ごゆっくり」
そう言いながら、二人に小さなタブレット端末を渡す。そして陽気な笑顔の男性はゆっくりと扉を閉めた。
外からは全く見えなかったが、中はかなり明るく清潔感と高級感が漂う。階段を降りると大きなフロアの正面には、映画館のような大きさのモニター。そして天井からは近未来を感じさせるような、輪の形をした重厚なライトが多数吊り下げられている。人もかなり多く、老若男女入り混じって様々に楽しむ。
フロアは二つに分けられ、下層階にはゲームテーブル。ポーカーやルーレットなどの定番を中心に。それぞれディーラーがつき、チップの移動する音、嗚咽や歓声などで盛り上がっている。人々の熱気により、外との温度差を本来よりも感じる。
上層である中二階は、下層を見下ろすためにオペラの鑑賞席のような丸く突き出たソファー席。比較的落ち着いた雰囲気で、酒などを楽しみながら語らい合う。その席の背後にはバーカウンターや、アジア版バカラに近い『プントバンコ』などのテーブルもあり賑わっている。
静かに辺りを見回しながら、シシーは全体を把握した。
「もっとどんよりと、殺伐とした空気を予想していたんだがな。拍子抜けだ。で、チェスはどこだ?」
ただのカジノ、という感想。しかし、あまり自分達のような子供をジロジロと見るような者もいない。ここは現実からは解放されて楽しむ場所。違法性は理解しつつも無礼講で野暮なことはしない暗黙のルール。
調べた内容通り。サーシャは先に知ってはいたが、それでも同じような雰囲気を考えていたため、肩透かしを食らった形。
「表向きは普通のゲーミングルーム。だけど内部はリスクジャンキー達……って聞いてたんだけど、とりあえずなんか飲む?」
変装用に着込んでいるため、少し、いやかなり暑く感じる。ソフトドリンクでももらおうか、と提案。炭酸が欲しい。




