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21話

 一瞬で緩い空気が一変する。真剣師なら感じ取れる、テーブルの周りを囲むように張りつめた緊張感。間合いに入った途端に切り刻まれる、居合いの達人を思わせる老人の圧力。


 そこに迷わずシシーは踏み込んでいった。当たり前のように対面のイスに座り、当たり前のようにチェス盤を広げる。


「今回もあんたが白でいい。あんたの全てを味わってやる」


 『受け』にまわると言い放ち、その全てをシャットアウトしてみせる。初心者相手ならそれも可能だろうが、相手は数段格上であることは、一週間前に肌で感じたはず。しかし、怯むことなく、怖気付くことなく強気に。


「どうなっても知らないよ」


 不敵な笑みと共に、老人は白のポーンをc4へ。これもマイノリティな手だ。初手にこの置き方をするだけで名付けられた、オープニングの一種。


 予想通り、とでも言うようにシシーは答え合わせをする。


「イングリッシュオープニング。相変わらず、小賢しい手を」


 しかし、ここからの手で多様に変化するのがこのイングリッシュオープニング。シシーはナイトf6でこれを迎えうつ。


「キングズインディアンディフェンスに持っていくか。なるほど。あぁ、勝つためだからね。使えるものは使うよ。教えた通りに」


 平静に冷静に冷徹に。プロや世界戦の対局にはできない、真剣師には真剣師の戦い方がるある。泥臭くても勝ちは勝ち。それこそが真剣師においての強さとなる。


 その言葉を、シシーは何度も自身の中で反芻している。


「そう、それだ。それがオレに欠けていたものだ」


「?」


 シシーの返答に引っ掛かりを感じたが、老人はとりあえず続けて指していく。ブリッツ戦において、長考はいい手ではない。時間切れ負けは、どれだけ優勢であっても負けになる。絶対に避けたい。


 しかし、攻め手に欠けて長期戦が視野に入る。負ける気はしないが、勝てる気も同時にしない。全部守りに振っていたのか。


「うーん、守りが堅い。ドローの場合はどうする? 最初からでいいの?」


 ドローの場合の取り決めは両者合意であればなんでもいい。そのまま対局終了でも、手番を変えて最初からでも、正式な試合ではないため、話し合いで決まる。


 微動だにせず、シシーはその提案を受け入れる。


「それでいい。ドローは全てやり直し。最初からだ」


 その後、膠着状態となり五〇手を数えたところで合意のドロー成立。二局目もすぐに開始となる。


 初手ナイトf3。この手にも名前がついている。この二人の対局において、基本の流れなど、もはや存在しない。


「レティオープニング」


「と思うでしょ?」


 後手のシシーがポーンをd5と動かしたところで、老人はポーンをb3とする。そして、これもまた違うオープニングとなるのだ。


「ニムゾヴィッチオープニング。なんでもやるね」


「なんでもやるよ。全部試しちゃおうかな。ま、この対局で終わりかもだけど。しかし、よく勉強してるね。一瞬で把握する理解力と知識は相当なもんだ」


 手は止めずに最善手を老人は指し続ける。チェスクロックを叩く手も、七〇を過ぎているとは思えないほど軽快だ。体に染み付いた距離感が、意識していなくても叩く。


「……」


 しかし、シシーも攻め手をいなしながら、ジャブを指し続ける。大きなヒットはないものの、被弾も最小限。またも長期戦の流れだ。


 自分の予想とは外れ、老人は首を傾げた。


(……おかしいね、ずいぶんと静かだ。感情をコントロールしているのかな?)


 一局目と同様、お互いに攻め手に欠き、五〇手を指したところで手が止まる。


 射殺すような目でシシーは、老人に問う。


「で、どうなんだ?」


「ドローだ。勘弁してよー」


「次行くぞ」


 三局目。白ポーンe4、黒ポーンe5、白ナイトf3、黒ナイトc6と流れたところで、次の手は白ポーンc3。


「ポンチアニオープニング。そろそろネタ切れ近いんじゃない?」

続きが気になった方は、もしよければ、ブックマークとコメントをしていただけると、作者は喜んで小躍りします(しない時もあります)。

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