209話
「ご苦労。賭け金は? 場代はどのくらい払えばいい?」
モンフェルナ学園への交流ということ以上に、シシーには目的があった。それはこの国のチェスを味わうこと。環境が変われば対局の空気感も変わる。様々な状況を体験しておきたい、というもの。
とはいえ、クラブともなると年齢制限がある。フランスでは一八歳未満は見学も不可能。服装も決まりがある。だが、探せば違法な店舗も存在するわけで。ルールなど見て見ぬふり、払うものを払えばなにも問題はないようなところが。とはいえ変装用に一応はメガネと帽子を二人ぶん購入済み。
「一五ユーロの入場料、テーブルごとに最低の賭け金が設定されていて、二〇から。けど、そんな少額を賭ける人間はまずいないし、数千以上のテーブルもある。本命はこっちでしょ? 狂ったヤツらはこっちに集まる」
天使の笑顔でリスクがダダ漏れする道を選ぶサーシャ。まさか少額で遊ぶためじゃないよね? あのシシーが? と煽りに煽る。
その挑発に乗ることもなく、滴る涎を抑えるシシーは冷静。
「あぁ。強さとヤバさ。兼ね備えているのはそういう奴らだ。そのために来ている」
彼女が嬉しいと自身も嬉しいサーシャ。だが、少し表情に翳り。
「さすが。でも気をつけたほうがいいよ。他のカジノで数局やったけど、結構手強い。なんていうか、やりづらいんだよね、ここの人達」
対局を思い出し、消化不良気味の感想を述べる。誰よりも自由を求め、盤上を跳ね回るスタイルのチェスを封じられ、窮屈な勝利。ちゃんと勝ってはいるが。
それには心当たりがあるシシーだが、やはりか、と覚悟していた通りの展開。
「国民性、のようなものか。話によると、ドイツのチェスとはまた別の強さのベクトル。クレバーなチェスを指すという」
隣あう国だというのに、そこまで変わるか疑問ではあったが、同様に感じ取った者がいる、ということは可能性は非常に高くなった。全く、いい感じに変化して進化している。
先ほどまでの軽やかなステップも影を落とし、ゆらゆらと揺れながらサーシャは不満を露わにする。
「それかな。全然誘いに乗ってこないんだよね。結局はパワーで場を荒らして勝つ、しかないみたいな」
たまにはいいけども。自分のスタイルとは若干違うため、新鮮さはあった。ある意味で勉強にはなる。
大金を賭ける。それならばやり慣れた方がいいはずだが、あえて自身を窮地に追い込むシシー。そうでなければ成長はない。
「ありがたい。向こうでは中々指せないタイプであれば、こちらとしては好都合だ。試したいことも多い」
歩が速くなる。肩で風を切って進む。待ちきれない、とでも言うかのように。




